暮沢剛巳

暮沢剛巳

インタビューに応じた太刀川英輔氏(写真:小池大介)

(写真:太刀川英輔

コンセプトドリブンでなければ、巨大イベントは成功しえない

2025年に開催される大阪関西万博。日本の行く末に大きな影響を与えることになるであろうこの一大イベントは、どうなれば「成功」だといえるのか。前回に引き続き、美術評論家で「展示」に関して論考を重ねている暮沢剛巳氏が、日本館の構想策定メンバーの太刀川英輔氏に話をうかがっていく。

Updated by Takemi Kuresawa on November, 2, 2022, 5:00 am JST

埋立地のメタンガスを有効利用できないか 

-- エネルギーの話は次の万博にどのように関連しそうですか?

太刀川 京都に核融合を頑張っているところがあるので、核融合の電気を世界で初めて万博に送るとか、できたらすごいですけどね。 

暮沢 核融合は水があれば何とかなるから、資源は無尽蔵ですね。原子炉の開発のハードルが高いので、問題はそこですが。あとはガス館ができるそうですが、もし電力館とかそういったパビリオンができるのであれば、そういったものも示してほしいなと思いますけども。

太刀川 もちろん、万博で使っている電気自体は全部、持続可能な電気にしてほしいですね。きっといろいろな策を考えているはずです。とはいえ、それも入札になるはずなので、どういう魅力的なテーマにするのか。例えば、今、日本として発信したいことに水素エネルギーの話があると思います。日本は水素の分野では、水素キャリアや利用方法などでさまざまに見せられるものがあるので、そこはきっと発信されるでしょうね。おそらく、万博のためだけに新しい電源などの開発はしないと思うんです。だから編集的になるわけですが、そのエネルギーが何だったら万博としていいストーリーになるのか、という話を考えているはずです。
個人的にあるところに提案してみたのは、夢洲みたいな埋め立て地って、掘るとメタンガスが出るんですね。なのでそれを回収して使えないのかという話です。ただこれはガスの品質的には難しいと。とはいえ、そういう観点で見ていくことはすごく大事。スクラップ&ビルドしない万博を考えるのだったら、例えばガスタンクをリサイクルして建物をつくるとか、何かやりようはあると思うんです。 

「脱成長」は自分たちが掲げることではない 

暮沢 ところで、「いのち輝く」とは高齢社会のソリューションのことともとれると思うのですが、基本構想の中ではそういう話は出てきますか?

太刀川 基本構想の中では、僕はわりと生態系的な意味でのダイバーシティの話をしていました。でもメンバーのなかには、福祉の領域に興味がある方もいるわけです。そのような方は、あらゆる立場の人を社会で包摂していくことにフォーカスを当てようと提案していました。 「いのち」という言葉が指す先はすごく多様です。高齢者ももちろん入ります。でも、僕はやっぱり人間外のいのちや、未来の子供たちの世代にフォーカスを当てなきゃいけないよね、という姿勢の人なんです。

中華芸術
2010年に開催された上海国際博覧会の中国館。現在は「中華芸術宮」という名の美術館になっている。(画像:ABCDstock

もちろん基本的には、みんなアグリーです。多様な人を包摂していくことに関しては。だから、両方やればいい。高齢化していく社会も現実だし、気候変動や生物多様性の崩壊で文明が持続できなくなる社会も予測されているわけですからね。

暮沢 気候変動をテーマにすると、極端なことを言えば、斎藤幸平さんのように「脱成長コミュニズムしかない」みたいな話になってしまうということはないですか。

太刀川 残念ながら、これから成長するのは僕らではないんですね。むしろ何もしなくても僕ら日本は脱成長します。生産人口が減っていきますから。これから成長するのは、例えば東南アジアとかアフリカとかそういうところです。それであれば、脱成長というコンセプトはそもそも僕らが掲げることではなく、これから成長するところが掲げられるコンセプトかどうかが問われているわけです。
だからこそ、彼らの成長をいかに負荷なく実現できるかが問われるし、そのためのグリーンエコノミーを目指していくことが大切な姿勢になると思います。俺らはもう十分に発展したからおまえらはもう発展するな、という論理は通用しないでしょうから。
これから発展していく彼らは、レジリエントで持続可能な開発をしなければいけないことになります。そのときに、僕らの二の轍を踏まないで、持続可能な希望となる技術を提示するということです。ちゃんと生態系と調和的な関係を築きながら、発展を進めてほしいというのが、万博で発する有効なメッセージではないでしょうか。

技術はある。けれどコンセプトがないから日本は負け続けている 

-- 前回、冒頭で「万博は日本の最後のチャンス」とおっしゃっていたんですけど、日本の何のチャンスというイメージですか。

太刀川 今のところ、日本は基礎技術はいいことになっています。ペロブスカイト型の太陽光電池とか、MCHを水素キャリアとして使うSPERA水素の技術とか、将来のノーベル賞に輝くかもしれない、いろいろ未来に役立つ技術が生まれています。でも、それをうまくマーケット化したり、そのイノベーションの推進を応援したりする仕組みがプアだから儲からない。デジタル技術なんかも日本由来のコンセプトってすごくあったけど……スティーブ・ジョブズがソニーをリスペクトしてiPhoneをつくったみたいには、うまく形にできない。

残念ながら、新しいシードを育てることがすごく苦手ですよね、この国って。シードをつくるのは得意なんです、だけどシードを育てるのが苦手。それは、既得権が強いからだと僕は思います。新しいシードに出てきてもらっては困るという人たちがいるから、シードが出てきても刈られてしまう。昔のウィニーみたいな感じかもしれませんけど。

なぜそうなるかというと、既存の社会ルールにある強者の論理に新しいシードを無理やり適応させようとするからです。それでだんだんシードも作れなくなっていく。でも、まだシードをつくれる国だと思うんです、僕らは。Apple watchのディスプレイだって、日本の会社がつくっていますしね。
本当にいい技術が結構ある。専門的に分化した中では優秀な人も多い。だけど、新しいシードを世の中にコンセプトとして提示できない。そもそも、この強いコンセプトを提案するという考え方が弱い。

コンセプトより、物量的なファクトが大事だとすると、古いやり方や既存の大手資本にこだわらざるを得なくなっちゃうじゃないですか。テスラみたいにEVシフトするときに、コンセプトを提示して巨額を集められる組織に、技術的にはすぐにでもEVを作れるのに過去にこだわり続ける日本は、株価で負けてしまうわけでしょう。コンセプトドリブンじゃない、ということですね。シードが育つためには規模、資金が必要です。だからこそコンセプトは重要。そして、万博とはコンセプトなんです。でも、シード技術のリードもそろそろ尽きてしまうかもしれない。シードを持っているすばらしい技術者を輝かせるために、万博は最後のチャンスになるんです。このままでいれば、シードは海外に流出するか、日本国中で報われずに死ぬかもしれない。そうさせないための万博になってほしいです。

-- この考え方は、暮沢先生が「万博思考」の記事で書いてくださったことにちょっと近いんじゃないですか。

暮沢 近いかもしれないですね。万博というのは要するに期間限定のイベントだけれども、そこにいろいろな資源なり人材なりを集約することによって、今まで見えてこなかったものが見えてくる、そういう機会であり、そういったことが19世紀の半ばから150年くらい、断続的にであるけれども続いてきました。その中で、いろいろな技術なりテクノロジーなりの進歩の舞台となってきた。
今のシードの話はおもしろかったです、確かに。それが死滅しちゃったり、流出させたりするのではなく、生かす機会として万博があるというのはね。これ、たぶん日本に限った話ではないとは思うんですけど。そう考えたら、まさにそういったシードが芽吹くような機会としてあってほしいですね、大阪関西万博というのもね。 

コンセプトさえ中心にあれば、誰がつくってもいい

-- 万博はコンセプトって、まさにおっしゃいましたけど、今、なんでもコンセプトが一番大事になってきている中で、それが揺らいだからオリンピックはコケたとか、そういうことは思いますか。

太刀川 そう。オリンピックはコンセプトを大事にできなかったからコケているように見えません?
要するに、どこが共通の祈りなのか、わからなくなっちゃったということだと思うんです。手法が先走ってしまうと、目的の話はあまりできなくなる。ザハの競技場と隈さんの競技場のどちらがよかったかは、手法の話で、大切なのは背景の目的の話だと思います。それは何のためでしたか、という議論があんまりなされないじゃないですか。そういうところかなという気がします。

暮沢 2020オリンピックが仮に失敗だったとしたら、一番の原因は64年の幻想を追いすぎたこと、あの成功体験に固執しすぎたことが一番の理由だと思うんですね。だから、ひょっとしたら2025年万博も、70万博の成功体験に、一部の関係者はまだ存命中で関わりもあるから、そこに固執してオリンピックの二の舞、轍を踏むのではないかという可能性もないわけではないですね。

オーストラリアの道
オーストラリアの道路。地平線まで突き抜けていく。(画像:佐藤秀明)

太刀川 オリンピックはだれがその状況を支配しているか、みたいなところにフォーカスが当たっちゃったんだと思うんです。どの政治家に力があるか、誰がプロデューサーか、みたいな。
でも、肝心なのはそこではない。本当は、オリンピックを通してどんな目標が実現できるといいんですか、そのためにこの手段は有効なんですか、というふうに、意思決定の中心にまずコンセプトがあって、人ではなくそのコンセプトの言うことを聞く。そのコンセプトは疑いようがないくらい共感できるものにしておく、という基本的な思想の構造があれば、誰がつくったかって、割とどうでもよくなると思うんです。

暮沢 なんのためにやるのか、そもそも何を目的に、というのが最後まで見えなかったですね、あのオリンピックに対してはね。そういう意味では、コンセプト不在の大会だったかもしれない。万博はそうはなってほしくはないんです。 

万博のバーチャル化はありえるか

 -- 万博はリアルな展示場を作るのではなく、バーチャルでもいいんじゃないか、みたいな議論は出たりしないんですか。

太刀川 そういう提案はしました。僕がやりたかった万博のコンテンツは、全世界の人が体験できる持続可能性のゲームをつくることです。人類と自然界の関わりを感じられるようなおもしろいものをゲーム会社と一緒に作って、あらかじめファンコミュニティを作っておいて、それを万博当日に暴走させたかった。自然界が怒り狂って暴走して、世界中のユーザーがそのゲームの暴走への対処に追われる。その対処によって世界中のユーザーが万博に注目して、あいつを何とかしなければいけないと、ユーザーコミュニティの中で盛り上がる、というのをやりたかったんです。

暮沢 手段として適切かどうかだけど、万博に注目が集まるという意味では、効果的ですね。

太刀川 実はこれは、現在の社会の縮図だと思うんです、暴走していることに気づいていないという状況自体が。「暴走している」ということがはっきりすることと、暴走を何とかしなければいけないことがはっきりすると、それを一緒に解決せねばならぬ、と人々が動き出す。これは僕が勝手に提案しただけで、基本構想案の中には採用にならず、でした(笑)。

暮沢 採用は難しいでしょうね。

太刀川 そうかもしれないですね。でも、個人的にはやったら面白いのにって思っていますよ。

-- リアルな場が必要かどうかという点については?

太刀川 夢洲でやるということが決まっていたので、リアルな場はある前提でした。

暮沢 会場はあそこの中であることが決定していたと。

太刀川 そうなんです。だけど例えば一から万博がつくれるとして、必ずしもリアルがメインであるべきかはわからないですね。そうじゃない万博も全然ありえると思います。そっちのほうが全然サステナブルですしね。実際、IPCCの報告書なんかも、リアルなオフィスよりもテレワークのほうが環境負荷が低いと言っているわけであって(笑)、リアルじゃない万博のほうが全然サステナブルです。

-- 来場者の多数が飛行機で来たら、それだけですごいエネルギーを使うわけですからね。

太刀川 飛行機も仮設建築も大変な量のCO2を出しますからね。

暮沢 来場者一人当たりCO2排出量が幾らとか、そういったこともちゃんと定量化して数字出さないとだめですね。

太刀川 ほんと、そうです。 

パビリオンが建築的にかっこいいいかどうかはどうでもいいこと 

暮沢 インダストリアル・プロダクトのデザイナーの立場から、万博に望むことはありますか?

太刀川 あくまでの僕個人の視点ですが、それぞれの展示物はインダストリアル・デザインだと思います。水素技術の輸送用のコンテナであっても、船であっても、パワープラントで、EVの充電施設であっても。そういうものは全部デザインであるといえます。ただ、そういったものの中でも尖ったR&Dを上手に見せられたらいいですね。

今の議論ってパビリオンをどうするか?という話になっているように思うんです。見た目がカッコいい建築かどうかって、本当はどうでもいいんじゃないですか。僕にとって、万博でのカッコいい建築というのはエッフェル塔であり、ジオデシック・ドームです。つまり、基本が再発明されているということですね。そういう提案が幾つも積算されるのが望ましい姿であって、万博に関わる建築家にはそれをぜひ目指してほしいと思います。

暮沢 そういった提案が一つ二つあるとすごく良くはなると思うんです。面白いものがいろいろ出てくることは期待したいですね。

太刀川英輔
NOSIGNER代表 /  JIDA(公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会)理事長 / 進化思考提唱者 / デザインストラテジスト / 金沢美術工芸大学客員教授 / 阿南工業高等専門学校特命教授 

未来の希望につながるプロジェクトしかしないデザインストラテジスト。プロダクト、グラフィック、建築などの高いデザインの表現力を活かし、SDGs、次世代エネルギー、地域活性などを扱う数々のプロジェクトで総合的なデザイン戦略を描く。これまでにグッドデザイン賞金賞、アジアデザイン賞大賞、ドイツデザイン賞金賞他、国内外を問わず100以上のデザイン賞を受賞。日本で最も歴史ある全国デザイン団体JIDAの理事長を歴代最年少で務める。
生物進化から創造性の本質を学ぶ「進化思考」を提唱し、生物学者・経済学者らが選ぶ日本を代表する学術賞「山本七平賞」を受賞。本質的な創造性教育をつくりなおす活動を続ける。
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