不祥事の源が発生しやすい環境は、行き場のない患者を受け入れてくれる場所でもある
実際、こうした私立病院の限界は現場目線からいってもかなり重い問題を残していた。例えば当時殺人歴のある患者を病棟で預かっていたが、易怒的で強い妄想状態にあり、スタッフは対応に苦慮していた。スタッフ間の話し合い時では、「やはりこうした患者の扱いは私立病院では無理で、設備の整った公立病院で行うべきだ」、という意見も繰り返し表明されていたが、結局そのような形で、公立病院に転院されていた。
こうした私立病院依存という体制の別の限界は、まさにこの棺桶退院という隠語に象徴されるようなシステムのゆがみである。先程のダムの比喩ではないが、保存できる水量を維持するために、より条件が緩い病院がそうした患者を請け負い、結果としてこうした隠語が示すような状況が常態化することになる。条件が緩い分、その実情に監査の目が行き届かなくなり、繰り返 される不祥事の源にもなっていく。ただし、20年前の民放ドキュメンタリーで印象に残ったのは匿名の患者家族の言葉であった。「そうやってあんたらは正義を盾に病院を潰すが、この病院はどんな条件でも患者を受け入れてくれていた。そういうのがなくなってしまったら我々家族は一体どこに引き受けてもらえばいいのか」。問題の根はかなり深いのである。
参照文献
『暗黙知の解剖―認知と社会のインターフェイス』 福島真人(金子書房 2001年)
『学習の生態学―実験、リスク、高信頼性』福島真人(筑摩書房 2022年)
『アサイラム—施設被収容者の日常世界』E・ゴッフマン(誠信書房 1984年)
『中井久夫著作集―精神医学の経験』中井久夫(岩崎学術出版社 1984/1991年)
『東京の私立精神病院史』東京精神病院協会編(牧野出版 1978年)
Cognition in the Wild, Edwin Hutchins(MIT Press 1995年)
Masato Fukushima, (2020) Before Laboratory Life: Perry, Sullivan and the missed encounter between psychoanalysis and STS, BioSocieties15(2):271–293.
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