久野愛

久野愛

Pieter Claesz|Still Life with a Skull and a Writing Quill|1628

(写真:メトロポリタン美術館 / The Metropolitan Museum

生成AIは「作者」を殺すのか。そもそもテクストは、作者のものだとはいえないかもしれない

生成AIが書いた文章の「作者」は誰になるのかという問題はたびたび論じられている。『AIから読み解く社会』を執筆・編集した久野愛氏が、そもそも「作者」とはどのような存在なのかを紐解く。

Updated by Ai Hisano on May, 24, 2023, 5:00 am JST

作者性は構成要素の相互作用のなかで生じる

AIが「作者の死」の複雑さを示唆するもう一つの事例として、ある作家の作風で文章を生成するものが挙げられる。例えば「ヘミングウェイ風の文章」や「シェイクスピア風の文章」で書くようソフトウエアに入力すると、その作者の文体に合わせた文章ができあがる。バルトやフーコーが「死んだ」と考えた、作品の中に顕現する「作者」が、その作風を通して作品をある意味で支配していることになる。そしてこのことは、依然として私たちが、作品の起源としての作者を唯一無二の天才的な存在として神聖化している、つまり作者は死んではいないことを示しているともいえるのではないだろうか。ただここにあるのは、ある作者の作風であり、作者が生き続けているというよりは、(実際に亡くなった)作者の抜け殻もしくは亡霊なのかもしれない。

「慣用的な意味における作者を構成するのは、人間でも、アルゴリズムでも、プラットフォームでもない。そうではなくて、作者性は構成要素の相互作用のなかで生じるのである。」文学理論研究者のデニス・イ・テネンはこのように述べ、テクストは「もはや唯一の作者の作品ではなく、野生の植物のように成長するもの」であるとする。AIを含む技術と人(作家・編集者・読者など)が複雑に絡み合い、その混沌の中から紡ぎ出されるテクストは、ある意味で創作活動を自由なものにもする。ただ同時に、AIの開発が、後期資本主義システム、特にネオリベラリズムという政治的・社会的・経済的イデオロギーに下支えされ進められてきたことにも留意すべきであろう。AI技術に用いられるアルゴリズムの中に社会的バイアスが内在するという問題もさることながら、作者そして書かれた/描かれたものが、そうしたイデオロギーや資本主義システムという体系の中に、より一層深く組み込まれていくことの意味を私たちは考える必要があるだろう。

匿名性とは公共圏と深く関わるもの

AI社会において作者性への無関心は、おそらくフーコーが想定していたのとは異なる形で、倫理的問題を含め、多様で複雑な問を提起しているのではないだろうか。作者という機能がなくなった世界があるとすれば、そこで書かれたもの・話された内容への責任はだれが取るべきなのか。AIと人間とが深く交わるとき、主体はどこに・どのような形であるのだろうか。これは、人間の主体がAIにとって代わられるということでは決してない(そもそも人間は「真なる」主体など持たないということは、すでに多くの人々が議論している通りである)。そうではなくて、例えば池上英子が示唆するような、一人の人間の中に宿る複数の主体(池上の言葉では「アバター」)が多様な空間で交錯する社会。また、かつて日本や多くの国でむしろ一般的だった「匿名性」に新たな意味を見出すこともできるかもしれない。今ではネット空間の拡大で、匿名であるが故の誹謗中傷など、匿名性は負のイメージを持つことが多い。だが、匿名性とは公共圏と深く関わるものであり、それは、私たちの社会のあり方、人との関係、そして「書く」ということも含めた日々の様々な実践とそれらへのまなざしを見つめ直す可能性を秘めているかもしれない。

参考文献
江戸とアバター—私たちの内なるダイバーシティ』池上英子・田中優子(朝日新聞出版 2020年)
AIから読み解く社会』板津木綿子・久野愛編(東京大学出版会 2023年)
AIの時代と法』小塚荘一郎(岩波書店 2019年)
デニス・イ・テネン「匿名的、大規模共同作業的、超人間的(トランスヒューマン)」衣笠正晃訳 ハルオ・シラネ・鈴木登美・小峯和明・十重田裕一編『〈作者〉とは何か—継承・占有・共同生』(岩波書店 2021年)
作家/作者とは何か—テクスト・教室・サブカルチャー』日本近代文学会関西支部編(和泉書院 2015年)
「作者の死」『物語の構造分析』ロラン・バルト 花輪光訳(みすず書房 2022年[1979年])
『作者とは何か?』ミシェル・フーコー 清水徹・豊先光一訳(哲学書房 1990年[1969年])
ロボット・AIと法』弥永 真生・宍戸 常寿(有斐閣 2018年)
Bhatia, Aatish. “Watch an A.I. Learn to Write by Reading Nothing but …New York Times. April 27, 2023.
Dzieza, Josh. “The Great Fiction of AI: The Strange World of High-Speed Semi-Automated Genre Fiction.Verge. July 20, 2022.
Garner, Dwight. “A Human Wrote This Book Review. A.I. Wrote the Book.New York Times. May 10, 2023.
Intentionality, Beauty, and Authorship. Co-Writing With AI With Stephen Marche.The Creative Penn. May 12, 2023.
Marchine, Aidan [Stephen Marche]. Death of an Author (Pushkin Industries, 2023).
Wilson, Adrian. “Foucault on the ‘Question of the Author’: A Critical Exegesis.” Modern Language Review 99, no. 2 (April 2004): 339–363.