松浦晋也

松浦晋也

(写真:JAXAデジタルアーカイブス / JAXA

生活や経済だけではない。人類は地球をマネジメントできる時代に

人類は衛星による地球観測という手段を得たことで「時間的にも空間的にも十分に高密度な」「全地球的な情報を」「継続的に」入手できるようになりつつある。これは、地球をマネジメントすることが可能になっていくことを意味する。人類の情報の使い方のヒストリーを踏まえ、これからの情報の使い方を探る。

Updated by Shinya Matsuura on June, 19, 2023, 5:00 am JST

口伝えから、印刷、電気へ……技術革新が情報の広がり方を変えた

人類の歴史の大部分において、「情報の秘匿」は「情報の公開」よりも簡単かつ低コストだった。
原始社会においては、知っていることは話さなければそれで済んだ。話しても、ごく一部に限り、「他には話すなよ」と口止めすればいい。口止めが効かない程度の親しさの者に伝わった時のみ、口伝えで情報が広がっていく。一人が2人に伝えれば、2人は4人に伝える。8人、16人……ひとたび拡がり始めたら、情報の広がる速度は指数関数的に上昇する。だから、情報の秘匿には「他に情報を漏らさないという確信が持てる集団」を組織することが重要だったし、また、そのような集団を組織する方向で人類社会は発展した。

変化はまず記録という面から訪れた。文字を作り出し、書き記すことで、情報は客観性を獲得し、かつ世代を超えるものになった。とはいえ、情報を秘匿したければ、書き物そのものを隠せば良い。情報の伝わりやすさという点では口伝えのみと大きく変わるところはない。むしろ「書き物に記された客観的情報を独占する」ことで、秘匿による有利を得る新たな手段が発生した。

やがて紙が発明され、そして最初の変化——印刷術が発明される。
印刷により、本は一冊限りのものではなく、複製できるものとなった。複製可能な本は、持ち運ばれ、各地に情報を伝える。それどころか、原本が失われても、どこかに複製された本が残っていれば、情報を再生出来る。多くの人が本を読むことで、情報の拡散の速度は、口伝えとは比べものにならないほど高速化する。

印刷術は情報を複製し、拡散することで社会を変えた。マルティン・ルター(1483〜1546)による宗教改革は、「聖書の教えに戻れ」という聖書原理主義というべきものだった。が、この考えはそもそも聖書を読むことができなければ成立しない。印刷により聖書が大量に複製されて、多くの人が読めるようになったことではじめて、宗教改革は成立したのである。

同時並行で情報の伝達という面で、変化が起きる。最初は人自身が歩いて移動して伝達する必要があったものが、記録した文書を運ぶことで、人と情報は分離し、馬のような人よりも高速に移動する動物を使ってより高速の情報伝達を可能にし、さらにのろし、腕木信号、旗信号と高速の伝達手段を考案し——そしてサミュエル・モールスが1937年に電線に電気信号を通す電信システムを発明。さらに1894年にはグリエルモ・マルコーニが無線電信に成功する。

電気による情報伝達は、人類史上2つの意味を持っていた。まず、電流、あるいは無線による電波の伝達で、人類は最大秒速30万km/秒という、この宇宙でもっとも高速の情報伝達手段を手に入れた。もうひとつが符号化だ。モールスの通信装置は、電気回路が通電している状態としていない状態——オンとオフしか送信できなかったので、彼はモールス信号を考案した。一見、音声よりも原始的な手段への後退に思えるが、これは情報のデジタル化の第一歩だったのだ。

「情報の公開」が「情報の秘匿」よりも低コストになる逆転現象

20世紀を通じて、情報の複製技術と、情報の伝達技術は、手を取り合うようにして進歩した。20世紀後半、さらに2つの技術革新が起きる。アナログからデジタルへの全面的な変化、そしてデジタル化した情報をいかようにでも伝達できるパケット伝送の実用化だ。
そうして出来上がったのが、今我々が使っているネットだ。かつてはインターネットと言っていたが、普及が進むにつれて単に「ネット」と呼ばれるようになり、今やあるのが当たり前でそもそも名前を気にする必要もないほど生活に密着した存在になっている。

文字どころか、音声も、静止画像も、動画像も、デジタル化され、ネットを通じて自由自在に送受信することができる。1対1でも1対多でも自由自在だ。使える場所も屋内だけではなく、携帯電話の通じるところならどこでも、となり、米スペースX社の「スターリンク」に代表される巨大通信衛星コンステレーションの出現で、「世界中どこにいても使える」ようになりつつある。

ここで巨大な逆転が起きていることに気が付く。

人類の歴史の大部分において、「情報の秘匿」は「情報の公開」よりも簡単かつ低コストだった、と書いた。
今は逆だ。今、我々は「情報の公開」が「情報の秘匿」よりも簡単かつ低コストという、前代未聞の時代を生きている。