日本製薬工業協会

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(写真:Gorodenkoff / shutterstock

提供側の不安をなくし、次世代の製薬につなげられる健康医療データの活用法を探る

製薬には様々なデータが必要になる。病院や診療所、調剤薬局で記録された医療に関するデータはもちろん、健康診断や介護、日常的な活動で得られた健康データも重要な情報源である。これらの「健康医療データ」を利活用することは、製薬産業にとって不可欠でありながら、データを提供する側の一般の人々にその意義はなかなか伝わりにくい。

Updated by Japan Pharmaceutical Manufacturers Association on June, 26, 2023, 5:00 am JST

プライバシー保護との兼ね合いの先にある「社会価値」

一方で、豊穣なデータであるということは、プライバシー保護の側面で心配もある。基本的に製薬企業が実施する研究では「1人1人の患者さんに戻ることはなく、大きな集団として検査値や病状がどう動いているかを分析しています」と東郷氏は語る。研究のスタンスとして個人には興味がないともいう。実際、レセプトや電子カルテから提供されるデータは、個人情報保護法で定められた「匿名加工情報」であることがほとんどだ。特定の個人を識別できないように加工されていて、法律上は個人情報に該当せず、プライバシー侵害の心配はない。

ただし、電子カルテのデータでは、病院との共同研究などで匿名加工情報よりも踏み込んだ情報を扱うこともある。名前を伏せて、記号などで個人を示すようなケースだ。

「名前は伏せられていても、ある県で1人か2人しかいない病気の場合に、個人が特定できてしまうリスクはあります」(青木氏)

プライバシー保護のために、希少疾病のデータが扱えないとなると、製薬企業としては新しい研究ができなくなってしまう。ここに課題意識を持っているという。

青木氏は「自分の病気、治療歴をさらしたくないということから、個人情報を守る法制度が優先されたのは正しいことです。一方で希少疾病を放置していいのか。日本に10人、世界で180人しか患者さんがいないような疾病もあり、データがないと研究が進みません。1つの方法は、患者さんにデータ利用の同意を得ることです。東京都で3人といったケースなら、個人の同意を得ることで対応できます。ところが、もう少し患者さんが多く日本に1万人となると、個別に同意を取ることが困難になります。個人情報を守りながら、社会課題を解決する医療情報の活用法のアイデアを検討しているところなのです」と説明する。

例えば、個人情報の提供の同意は取らず、本人が第三者提供の停止を求めたときに提供をやめる「オプトアウト」が1つの方法として挙げられる。同意の取り方の方法論で対処する方向性だ。また、技術的に自分の病気だとわからない状態を作ることも検討されている。ブロックチェーンの活用、暗号化、データを暗号化したまま分析できる秘密計算などが検討されている。

そうした対策を検討しながら、ガバナンスを効かせて個人情報にアクセスするような研究者には罰則を与えるなどの縛りをかけていくことが、現段階の答えになりそうだ。小林氏は、「データを使って研究することは社会的メリットが大きいものです。原則としてはデータを使わせてもらって、希少疾病の患者さんや、今の治療に満足していない患者さん、お子さんの治療に役立つ研究開発に役立てていきたいと考えています」という。

青木氏も、「技術的にどんなに頑張っても、悪意ある人がいたら満点の対応は取れません。ネット銀行などでも100点の守りは実現が難しいように、医療情報も100%は守れないのが現実です。一方で、リスクゼロでないと絶対にデータは使わせないとなると、研究開発が滞り社会的な価値を提供できなくなります。リスクを最小限にして医療の進歩に使っていくので、何に使っているのかを理解してご協力いただけるようにという思いを冊子に込めました」と語る。

個人情報の提供への願いだけでなく、健康医療データの活用にはさまざまな課題がある。

「電子カルテでは、病院ごと、ことによると同じ病院の診療科ごとでもフォーマットが異なったりします。西暦と和暦といった細かいことでも、異なるとデータの活用が難しくなります。フォーマットを揃える方法を検討していくことも、私たちの課題です」(青木氏)。

「データの発生源になる病院は数多く、一方でそれらのデータがつながらないと活用できません。製薬の観点からは、治療を始めて、患者さんが治ったのか治らないのか、入院したのか、長い期間を追わないといけないわけです。それには病院ごとのデータをつなげることが必要です。次世代医療基盤法では、事業者が集めた上でデータをつなぐことができるように法整備が進められています。こうした環境が整っていくことを願っています」(東郷氏)。

健康医療データを安全に活用することで、救える命、苦しみから解放される患者が増える。個人の情報をどのように守り、どのように活用していくのか、社会と個人の双方のメリットとデメリットをうまくバランスしていく検討は、冊子による一般への周知の先にまだ続いていく。


(文/岩元直久)