小松原織香

小松原織香

スタジオジブリの最新長編アニメ「君たちはどう生きるか」をレビュー。本当に最後の作品か?

宮崎駿とその倫理について考察を続けてきた小松原織香氏は、長編アニメーション作品「君たちはどう生きるか」をどのように観たのだろうか。

※ネタバレ注意

Updated by Orika Komatsubara on July, 15, 2023, 5:00 am JST

生命を次世代に受け継ぐという意味での抽象的な母子関係

第三に、時間の中で現れる生命の姿の変化だ。異世界で自立した女性として登場するキリコさんは、実はお屋敷で働いているおばあさんたちの一人である。ほかのおばあさんたちは、木彫りの人形に変身して、異世界でひそかにマヒトを危険から守っている。また、ヒミと呼ばれる炎を操る少女は、マヒトの死んだはずの実母の、若かりし頃の姿である。おばあさんたちや母親たちが、かつては若い女性や少女であったことがここでは示唆される。つまり、時の流れや世界のありようによって、かれらの命は姿を変えて、たとえ死んでしまったとしても別の場所では別の形で存在するのだ。

第四に、母子関係だ。マヒトのトラウマの核心は「母を救えなかったこと」にある。母親が火事で焼け死んでいくときに、マヒトは何もできなかった。その「無力であった」という経験が、彼のトラウマになっている。炎のなかの母は神格化され、いつも手を伸ばしても届かない存在だ。

それに対して、マヒトは母親そっくりのナツコを拒絶し、距離を置いている。ところが、異世界を駆け回っているうちに、幽閉されているナツコを見つける。マヒトは彼女を現実に連れ戻そうとするが、今度は彼女がマヒトを拒絶する。それでもマヒトは「ナツコお母さん」と呼んで手を伸ばす。
なぜ、マヒトがナツコを母と認めたのかについて、作中でははっきりとした説明がない。たとえば、キリコさんを通して大人の女性にエロティシズムについて教えられ、受け入れたことが理由かもしれない。もしくは、屋敷のおばあさんたちや実母たちに守られたという経験によって、マヒトのなかに人を守ろうとする気持ちを育んだ可能性もある。さらに火事にあった母親の姿と、幽閉されたナツコが重なって、トラウマの再演として「母を救う」という行為を繰り返しているとも解釈できる。おそらく、それらがごちゃまぜになりながら、マヒトはナツコを母と呼んで、ともに現実の世界に帰る。

他方、実の母の化身であるヒミは最後に現実の世界に戻るときには、マヒトとは異なる時代に戻る。その先には、マヒトの出産、その後の火事での死が待っている。マヒトはヒミを止めようとするが、彼女はマヒトを産みたいから、家事で死んでもかまわないという。ここではっきりとするメッセージは、子どもに対する母親の「私はあなたを産みたい」である。よくある母親が子どもを守る場面では、子どもの命を守るために母親が犠牲になる。ヒミの行為もそれに似ているが自己犠牲というよりは、自らの欲望として「産みたい」のだと言う。
この場面はとても興味深い。実母は「あなたを産みたい」というが、その息子とともに生きていくのは、別の女性である。「産む」行為に大きな価値が置かれながらも、血縁ではない関係で子どもが生きていくことを肯定する。ここにあるのは、生命を次世代に受け継ぐという意味での、抽象的な母子関係が、マヒト・ヒミ・ナツコの三人の関係を通して浮かび上がる。