「おしゃぶりテクノロジーとしてのスマートフォン」
小さな子どもは、お気に入りの毛布やタオル、ぬいぐるみなどを肌身離さず持ち歩くことがあります。私の場合は古いタオルでした。ボロボロになるまで持ち歩き、洗濯すると大泣きして親を困らせて……というような現象に、子どもとして、あるいは親として、心当たりのある方も多いのではないでしょうか。
イギリスの小児科医で、精神分析医でもあったウィニコット氏は、この現象を「移行対象」と名づけました※4。スヌーピーのキャラクターであるライナスという少年は、いつも毛布を持ち歩いています。この毛布がまさに移行対象だねということで「ライナスの毛布」と呼ばれることもあります。ライナスの毛布は、緊張やストレスのある場面で多く用いられることから、不安や恐れに対する防衛の役割があるのではないかとされています。
こうした知見を前提に、つまりスマホは大人にとってのライナスの毛布なのではないだろうか? と考えた研究者がいます。2020年、ペンシルバニア大学のメルマド氏らは、「おしゃぶりテクノロジーとしてのスマートフォン」というタイトルで研究 を発表しました※5。
メルマド氏は、ライナスの毛布とスマホの共通点を以下のように挙げています。
・持ち運ぶことができる
・身体的に触れ合うことができる
・触った感覚が楽しい
・自分専用である
さて、大人は子どもと同じように、緊張やストレスのある場面でスマホを多く利用するのでしょうか?
メルマド氏は、実験的にストレスを高められた参加者と、比較的ストレスの低い課題を与えられた参加者の休憩時間をそれぞれビデオで撮影し、行動を観察しました。休憩室には、スマホ以外にも時間を潰せるものが多く配置してありました。
休憩時間になってまずスマホに手を伸ばしたのは、高ストレス条件の参加者では63.9%、平均23.9秒後、低ストレス条件では34.3%、平均86.7秒後でした。ストレスがかかると、他のことを放置してでもすぐにスマホを触りたくなっていることがわかります。ライナスの毛布ですね。
高ストレス状態のときほど、スマホを熱心に使う
また、高ストレス状態だと参加者は休憩時間のうち51.3%をスマホ利用に費やしていたのに対し、 低ストレス状態では休憩時間の31.3%でした。ストレスがかかると、人はまずスマホに触るだけではなく、スマホをより長く熱心に使うようです。
それではスマホを使うと、本当にストレスは緩和されるのでしょうか。メルマド氏の研究では、ストレスの高い状況を経験した後に、指定されたWebページをパソコンから閲覧した参加者よりも、スマホから閲覧した参加者の方が、ストレスの回復度合いが大きかったことが示されています。しかも、ただスマホ から見ればいいわけではなく、「自分の」スマホである必要があるようで、自分のスマホでWebページを閲覧した方が、借り物のスマホで閲覧するよりも、ストレス回復効果が大きかったのです。
まとめると、ストレスがかかると自分のスマホを使いたくなり、自分のスマホを使うことでストレスが緩和される、ということになりますね。パソコン派の方には申し訳ないのですが、この効果はパソコンではあまり見られず、スマホの触覚経験や携帯性の良さ、自分のものだという感覚の高さが、ライナスの毛布効果を生じさせているのではないかと考えられます。
なお追加の研究では、最近禁煙を始めたばかりの人はスマホへの愛着を示す傾向が強いことも示されています。メルマド氏は、こうした研究結果をもとに、スマホを依存対象として否定的に考えるのではなく、もっと肯定的にやすらぎの源泉だと考えるべきではないかと述べています。