久野愛

久野愛

(写真:Blue Planet Studio / shutterstock

その便利さは誰のため? AI技術を実装する前に、問うべきこと

すでに日常に浸透しているAI技術。現代社会になくてはならない存在だが、礼賛する前にはいくつか注意が必要だ。『AIから読み解く社会—権力化する最新技術』の共編者・久野愛氏が解説する。

Updated by Ai Hisano on October, 13, 2023, 5:00 am JST

AIは既存の支配的な利益に奉仕するよう設計されている

ここで、AIをめぐる権力構造や様々な権力の影響を考察するにあたって、AI研究者ケイト・クロフォードによる議論を紹介したい。クロフォードの2021年の著書『Atlas of AI: Power, Politics, and the Planetary Costs of Artificial Intelligence(AIの地図帳:人工知能をめぐる権力、政治性、地球規模の代償)』は、AIを物質的な「モノ」および「概念」として捉え、AIがいかに物理的に作られているのか、さらに社会的・文化的な影響のもとでAIに関する言説や考え方がいかに構築されてきたのか論じている。例えば、機械(物質)としてのAIの製造に必要なレアメタルの掘削は地球規模での環境問題を引き起こし、同時に、データ収集のためにグローバルサウスの安価な労働力が搾取されている。さらにAI技術が利用されるAmazonの物流センターやテスラの自動車組立工場、そしてデータ解析を行う大学研究所など、様々な機関・人々がAIの開発・製造から利用に関わっており、そこでは、環境・労働・人権・国家間格差など様々な問題を生み出しているのだ。

クロフォードは、AIシステムは「結局のところ既存の支配的な利益に奉仕するよう設計されて」おり、「この意味で、AIは権力のレジストリ」(p.8)なのだと主張する。クロフォードが特に強調しているのが、AI開発やその利用が、経済的利権や政治的覇権闘争の道具となり、また利益追求の源泉となっている事実である。そうしたAI産業を取り巻く権力のあり方は、本書で比喩的に用いられている「アトラス(地図)」という概念にも表れている。15世紀以降、植民地主義が拡大する中で、植民者らが作成した地図は、単に地形や地理的情報を紙に写し取ったものではなく、国や人(統治者)の権力の象徴であり、また当時の人々の世界観の表象でもあった。こうした地図に反映されている権力、政治性、世界観は、まさにAIそのものが体現するものでもあるのだ。