久野愛

久野愛

(写真:Blue Planet Studio / shutterstock

その便利さは誰のため? AI技術を実装する前に、問うべきこと

すでに日常に浸透しているAI技術。現代社会になくてはならない存在だが、礼賛する前にはいくつか注意が必要だ。『AIから読み解く社会—権力化する最新技術』の共編者・久野愛氏が解説する。

Updated by Ai Hisano on October, 13, 2023, 5:00 am JST

ディストピア的なものの見方では「AIの権力化」の本質は見えない

『AIから読み解く社会』は、こうしたB’AIのミッションを受けて、技術的機能や一過的・表面的な効果のみによってAIのあり方を評価するのではなく、より広く社会の中にAIを位置付け、その技術の意味や影響を多角的に明らかにすることを目指したものである。よって本書で扱っているテーマは幅広く、自然言語処理と言語のバイアス(第1章)、ヴァーチャルリアリティ(第2章)、ジャーナリズム(第4章)、労働問題(第5章)、感覚と身体性(第7章)、ポピュラーカルチャー(第13章)など多岐にわたる。また、執筆者も様々な学術分野の研究者が携わっており、AIと人・社会との関わり方について、多分野横断的に論じている。

これら多様な視点からAIについて考えるにあたって、本書が一つの軸として焦点を当てたのが「権力」である。副題の「権力化する最新技術」にあるように、AIという最新技術をめぐる権力のあり方について複数の観点から問題を提起している。ただここで意図しているのは、AI技術が強大な力を発揮して人間社会を征服するというような、ディストピア的な権力のあり方では必ずしもない。また、技術が社会のあり方を決定づけるという技術決定論でもない。もちろん、技術力が向上し、昨今の大きな社会問題ともなっている生成AIのようなものが出てくると、私たちの意思決定や主体といったものが技術によって脅かされるのではないかといった懸念が出てくるかもしれない。実際、AIに恋愛感情を抱き、結果的に自殺に追い込まれた例もあり、AIという存在そのものが持つ力は、深刻な問題を孕んでおり到底看過できるものではない。ただ、技術決定論やディストピア的な見方の多くは、「人間=主体」「AI(技術)=客体」という主客分離の人間観に根差したものでもあり、果たして人間は確固たる「主体」を持っているのかという問題が立ち上がる。以前の論考でも述べたように、主体とは様々な関係性の中で立ち現れるものではないだろうか。これについては、本書の第6章でも詳述されているので参考にしてほしい。さらに、そもそも私たち人間と技術との境界というのは、それほど明確にあるわけではないのかもしれないし、その関係性は常に社会的分脈の中で理解されるべきだろう。