脱炭素は今の時代にしか成立しない概念
つまり脱炭素は「自然に関する責任」「人権問題」「気候正義」というものを掲げた、非常に苛烈な権力闘争なのである。だからこそ複数の商売や立場が存在する。
「気候正義」や「自然に関する責任」あるいは「自然に対する責任」が生じる基盤となった近代の考え方は、個人や社会や自然といった明確な概念を用いて、それぞれの項目をきれいに切り分けて論じることが多い。しかし私は、世界の本質とは実際には「関係性」しかないのではないかと考えている。
脱炭素を行う「究極の責任」を追求していくと、生まれたことが悪いことになり、そうであれば生んだ親が悪い、祖父祖母が悪い、先祖が悪いと論理的には無限に後退していってしまう。そんなことに意味はあるだろうか。つまり「責任」や「正義」というのは、厳密には定義で きないものなのだ。なんとなくそこにあるように感じられる、社会的に立ち現れているように説明されているが、それは時代によって大きく変化していく。だからこそ現代的な意味での「気候正義」や「自然に関する責任」とは今の時代にしか成立しない概念なのだ。50年前にそんなことを言っても、誰も意味がわからないし、もしかしたら10年後には誰もまったく理解できないものになっているかもしれない。
脱炭素を突き詰めすぎると戦争が起きる
脱炭素は権力闘争であるからこそ、突き詰めすぎると戦争を引き起こす可能性だってある。実際に気候変動安全保障についての不安を抱えている人たちもいる。これは気候変動によって困ったことになった人々が異常気象を起こした先進国に対して怒りをもって戦争を仕掛けるというイメージを持たれることが多いが、私が心配するのはむしろ脱炭素政策が契機となって喧嘩になることである。
温暖化自体は80年かけて1.5℃上がるかどうかという時間軸だが、脱炭素は10年から30年単位の話なので、互いに無茶な政策を押し付けあい、それがこじれることも考えられる。温暖化を止める前に戦争が起きてしまう、というストーリーもないわけではないのだ。実際に脱炭素による戦争問題というのは、ヨーロッパやアメリカではタブー視されている。
すでに脱炭素は、ピュアな気持ちで温暖化を不安視している学者や一般市民を除けば、あらゆる団体が利用しにかかっている。
やや過去になりつつあるが、旧東欧系の過激な活動グループは、結束のために脱炭素を用いていた。現在はロシアのウクライナ侵攻で情勢 が変わりつつあるが、平和な時期が続いていたころはEU統合の象徴として環境問題が議論されていたこともある。しかし脱炭素まで踏み込んでしまうと、原発や天然ガスをめぐって東側と西側でまったく立場が変わってしまうためうまくいかなくなりつつある。
現在最も勢いがあるのは、脱炭素によって一儲けしようとしている企業、特に投資ファンドや欧米の金融機関である。また、国でいえばロシアやカナダに力を持ってほしくないという国は脱炭素に躍起になるだろう。日本人にはなかなか理解しがたい話ではあるが、温暖化したときにカナダ、ロシアが強くなってしまうことに対する懸念というのは、近隣国にとっては無視し難い問題なのだ。脱炭素が誰にとってどのような利益になるかは、よく注視しておく必要がある。
ここまで環境に対する責任や生まれ育った地域ごとの脱炭素の考え方などを紹介してきたが、私は環境倫理学の専門家ではないため、本稿がアカデミックな論考ではないことはご了承願いたい。しかし私が様々な関係者と議論をしていくなかで、このようなことを感じたことは事実である。世論はそれぞれが個人的に感じているものの集合体として形成されるはずだ。
第2回公開インタビュー開催のお知らせ
2022年3月29日(火)20時より、オンラインにて大場氏への公開インタビューを開催します。参加費は無料。ただしメルマガ会員様のみのご招待です。
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参考文献
“Global non-linear effect of temperature on economic production”, Marshall Burke, Solomon M. Hsiang & Edward Miguel, Nature volume 527, 235–239(2015)
“The environmental consequences of climate-driven agricultural frontiers”, Lee Hannah et al. PLOS ONE 15(7)
China: The Impact of Climate Change to 2030 Geopolitical Implications, NIC, 2009/6
HOW RUSSIA WINS THE CLIMATE CRISIS, NewYorkTimes, 2020/12/16