玉木俊明

玉木俊明

カジノで栄えるアメリカ・ラスベガス。自由の女神像のレプリカが設置されているのは、ニューヨーク・ニューヨークホテル。

ピケティが見逃した「金融社会」

格差社会という言葉が浸透しはじめて10年近くが経つ。それ以前にまったく聞かれなかった言葉ではないが、トマ・ピケティの『21世紀の資本』の刊行以来その言葉はますます認知されるようになった。現在、一般的には格差社会は資本主義による富の偏りによって起きると考えられているが、実は視点を変えてみると問題点は今までの認識とは違ったところにあると気づく。データをつぶさにみていた経済史学者が気づいた現代社会の本当の問題とは――。

Updated by Toshiaki Tamaki on January, 24, 2022, 0:05 pm JST

金融業は付加価値をどれほど生み出すのか

世界は、具体的なモノを中心とする経済から、マネーというヴァーチャルな財を中心とする経済へと移行した。すなわち、現代社会では、GDPに占める金融業の比率が高まっているのである。しかし、本当に金融業はGDPの増加に貢献しているのだろうか。

そもそも金融部門は「仲介」をする部門であり、そのため「付加価値を生み出す」分野とは、GDPの計測のベースと国民経済計算体系(SNA)が導入された1953年の段階には考えられていなかった。しかし現在では、金融活動は大きな付加価値を生み出す分野とみなされている。

銅像の足元
1969年撮影。ニューヨークの証券取引所を見下ろすように銅像が建っている。当時は不況へと突入したころ。ウォール街の空気はすさみ、ゴミ収拾作業員がストライキを起こしたため街中ゴミだらけだった。

ここ数十年間で、金融部門は世界経済のなかでの役割をますます増加させた。金融部門が、巨額の利益が出る部門であることは確かである。問題は、非常に利益大きな利益を生じる金融分野が、現実には付加価値を直接には増加させていない点にある。FIRE部門と呼ばれるFinance=金融、insurance=保険、re=real estate=不動産は、中間投入ないし税としてカウントすべきであり、GDPに入れるべきではない。これは、本書の理論的ベースのひとつをなしたヤコブ・アッサの考えでもある(ヤコブ・アッサ・玉木俊明訳『過剰な金融社会』知泉書館、2020年)。
たとえば、誰かが銀行から金を借りたとする。それは、何かに投資することで利益が得られるのであり、銀行が直接利益をうみだすわけではない。銀行の手数料、さらには保険と不動産そのものも利益を直接生み出すわけではなく、彼らの手数料収入は税金とみなすことができる。
また、アッサは、FIRE部門をGDPから取り除いて計算する。Final GDP=FGDP(最終的GDP)の方が、経済の先行指標としてすぐれているばかり、経済の実態を表すと主張する。GDPが増加しているにもかかわらず失業率が増加する「雇用なき経済成長」という現象は、FGDPは成長していないために経済は成長していないとみなされるべきであり、雇用が成長していないのは当然ということになる。

巨額の利益をもたらす金融部門では、非常に優秀な人々働いている。われわれは、人々の生活水準を向上させることのない部門で優秀な人々が働き、巨額の富を獲得し、しかし社会は全体として豊かにはならないというジレンマに直面している。富の増加が豊かな社会をもたらすわけではないということである。
しかもEUでは、メガバンクが巨額の利益をタックスヘイヴンに送金し、本来支払う税金を払っていない可能性も十分にある。GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)などのIT企業は、タックスヘイヴンを利用することで製造業よりも実効税率は低い。

格差社会はなぜ生まれたのか

タックスヘイヴンを利用できるのは、大金持ちと大企業である。彼らの実効税率は低くなり、その分一般の人々が支払う税金は増える。消費社会から大衆消費社会になることでミドルクラスが増え、比較的平等な社会が誕生したが、金融社会の誕生によりミドルクラスは消滅し、不平等な社会が生まれつつあるのだ。さらに悪いことには、この問題を解決する適切な手段は今のところ見つかってはいない。
格差社会の存在は、このようなことを考慮しないと説明できないのではないか。会社は支払うべき法人税を支払わず、富裕者が支払うべき所得税を支払わないなら、一般の人々が代わりに税を払うほかないからである。

ここからおわかりいただけるように、格差社会とは、金融社会の誕生と大きく関係しているといえよう。ピケティは、そのようなことに気づいていない。彼は、世界の経済構造の変化に、あまり注目していない。そのため格差社会の誕生に関して、誤った見方を提示したというのが、私の考えである。

本文中に登場した書籍一覧

21世紀の資本』著 トマ・ピケティ 訳 山形浩生・守岡桜・森本正史(みすず書房 2014年)
過剰な金融社会』著 ヤコブ・アッサ 訳 玉木俊明(知泉書館、2020年)
金融化の世界史』著 玉木俊明(ちくま新書 2021年)