世界有数の豪雪地帯、日本
何年か前、海外旅行から帰って日本の空港に到着したとき、外国人向けの日本の観光ポスターを目にしてズッコケそうになったことがある。そのポスターには、たとえば、「KYOTO」の文字と寺社仏閣の写真というように、日本の主要な都市の名前とその場所を象徴する写真が表示されていた。そのなかで、なんと「TOKYO」の背景にあったのはスキーをする人の写真だったのだ。なんかいろいろ間違ってないか。東京とスキーが結びつかないし、そもそも東京でスキーができるような大雪が降ることはまれだろう。このポスターを作ったのは日本人のはずなのに、どうしてこんなおかしな内容なのだろうか。
その後外国人と話す機会があり、「TOKYO」の奇妙な写真の謎がようやく解けた。外国人が長野や新潟などにスキーに行くには、まず東京で飛行機をおりて、そこから電車やバスなどに乗り換えるのだ。そして、日本の冬といえば大雪のイメージがあるようなのだ。それを聞いて、国内に住む人と、海外からの旅行者とでは、空間スケールのとらえ方にギャップがあることを実感したものだ。
前置きが長くなったが、結局私が何を言いたいのかというと、日本は世界でもまれにみる豪雪地帯ということである。しかも、日本は北海道を除いて温帯に位置している。温帯でこれだけの雪が降るのは非常に珍しいことなのだ。
なぜ、温帯でこれだけの雪が降るのか。それは、日本の地理的な条件が大きい。日本はユーラシア大陸の東に位置し、太平洋と面しているが、ユーラシア大陸と日本列島の間には日本海がある。この日本海が雪をもたらすのである。
一般的に、陸地は温まりやすく冷えやすい。そして海は温まりにくく冷えにくい。冬はユーラシア大陸がキンキンに冷え、シベリアあたりにマイナス数十℃にもなる非常に冷たく乾燥した空気の塊ができる。冷たい空気は重く気圧が高い。これが冬のシベリア高気圧である。その一方で、冬の海はシベリアに比べれば温かい。だから、海の上の気圧は相対的に低くなる。こうしてユーラシア大陸(西)に高気圧、太平洋(東)に低気圧が存在するようになる。これが「西高東低の冬型の気圧配置」だ。風は、気圧の高いところから低いところに向かって吹く。だから、シベリアから日本を通過し、太平洋側に抜けるような風が吹く。これが冬の季節風である。
シベリア高気圧は大陸の上で生まれたので、そこから吹きだす季節風は乾燥している。しかし、日本海を通るときに、海面から水蒸気を提供されて湿る。そして日本海には筋状の雲ができる。これはちょうど露天風呂の上に風が吹くと、風の通り道に湯気ができるのとよく似ている。冬の日本海での寒中水泳の映像を見るととても寒そうに思えるが、せいぜい10℃程度なので、氷点下のシベリアからの季節風にしてみれば露天風呂みたいなものなのかもしれない。
この冬の季節風は、日本列島の中心にある山々にぶつかると強制的に上昇する。そして、雲から雪が降る。これが日本海側に大雪をもたらすメカニズムである。この雪雲は積乱雲なので、日本海側では冬に雷が鳴ることもある。
さて、日本海側に雪を降らせた季節風は、再び乾燥し、山を越えて太平洋側に吹き降ろす。これが「空っ風」である。太平洋側に吹く季節風は乾燥しているので、冬の季節風が太平洋側の平野部に雪をもたらすことはあまりない。だから、冬の太平洋側は晴れることが多いのだ。
太平洋側と日本海側とでは雪を降らせるメカニズムが違う
しかし、ときには太平洋側でも雪が降ることがある。これは、日本海側に雪を降らせる仕組みとは全く違う。日本海側の雪は「西高東低の気圧配置」によることが多いが、太平洋側の雪は「南岸低気圧」のしわざであることが多いのだ。
南岸低気圧とは、本州の南の沖合を通過する温帯低気圧のことである。これがなぜ雪の予測の難しさにつながるのだろうか。これにはいくつか要因がある。
まずは、低気圧の進路である。温帯低気圧は、温暖前線と寒冷前線を伴うことが多く、南東に伸びる温暖前線と南西に伸びる寒冷前線に囲まれた三角形のような形のエリアは、暖かい空気で構成されている。これを暖域という。そして、温暖前線の北側と寒冷前線の西側は寒気で構成されている。
もし、南岸低気圧の進路が日本列島から離れすぎれば、そもそも太平洋側に雪や雨は降らない。そして、南岸低気圧が日本列島の中心付近を通過すれば、太平洋側はちょうど暖域に入ってしまうため、沿岸部では雨が降りやすい。しかし、ここで南岸低気圧の中心が太平洋側の沿岸をなめるような進路で通ると、もしかしたら寒気の影響で雨ではなく雪が降る可能性があるのだ。
一般的には、「南岸低気圧の中心が八丈島の南を通れば雨や雪は降らず、八丈島の少し南を通ると沿岸部に雪が降り、八丈島の北を通れば沿岸部は雨になる」といわれている。ただこの目安は、そこまで当てにはならない。南岸低気圧からの降水が雨になるのか雪になるのかを決めるのは、ほかにもさまざまな要因がある。たとえば低気圧がどれだけ発達するのか、低気圧の周囲にある寒気はどれだけ強いのか。そして低気圧の雲はどれだけ広がっているのかなどである。
そういうわけで、成人式や受験の大切な時期に雪の予報を外し、都市部が混乱するのが冬の風物詩だ。だから、太平洋側に住む人たちは、「なんで天気予報がこんなに外れるんだ!」と憤慨するよりも、「明日の天気は外れる可能性もあるけれど、一応雪になることも想定して行動しておこう」という心構えでいるのがよいと思う。
ただ、もちろん気象庁は「雪の予報は当たりにくい」という状態に甘んじているわけではない。関東地方で雪を降らせるメカニズムを明らかにし、よりよい精度の予報を出せるように研究を進めている。
雪か雨か怪しい日に登場する謎のドーナツ
さて、冬に冷たい雨が降っているとき、みぞれ交じりの雨が降っているときに雨のレーダー画像を見ると面白いものが確認できるかもしれない。
雨が強く降っているような表示(強い降水エコー)がドーナツのような形で出現するのだ。これは「ブライトバンド」と呼ばれている。強い降水エコーは本当に雨が強いのではなく、雪が解けて雨になっているところ(融解層)を示している。レーダーでは、融解層では強いエコーが出やすいという特徴があるのだ。レーダーは斜め上を向いて回転しているので、レーダーからのビームは逆さの円錐形の軌跡をたど る。その円錐形の、融解層のある高度の断面に円形に反応が出るのである。
雨か雪かはっきりしない天気にレーダー画像を見て、「あ、ブライトバンドができてるな」と思わずニヤニヤしてしまうのが気象予報士の性である。それでも、レーダーの観測精度が上がればいずれブライトバンドは表示されなくなっていくだろう。観測精度の向上は予報精度の向上にもつながるので、喜ばしいことではあるのだが、ブライトバンドが見えなくなるのは少し寂しいとも思ってしまうのだ。