松浦晋也

松浦晋也

2002年ごろ撮影。北極にある電波受信機。

(写真:佐藤秀明

宇宙からしかみえない真実がある

宇宙からは、地球上では見えないものが見える、いや感じられるーー。宇宙空間に打ち上げられたスキャナーは未知の発見に大きな貢献を果たしてきた。宇宙からの視点が持つ力を科学ジャーナリストの松浦晋也氏が解説する。

Updated by Shinya Matsuura on February, 9, 2022, 0:00 am JST

目で見るだけではわからない情報まで捉える

アメリカは1960年4月に世界初の気象衛星「タイロス1号」を打ち上げた。1960年代前半、世界中で気象衛星計画が動き出し、やがて世界的な気象観測網に成長していくことになる。

しかし、宇宙から地球を見て得られる情報は、雲の動きだけか——そんなことはない。宇宙からは地面だって見えるし海面だって見える。それだけではなく、見る光の波長を選べば、目で見るだけでは分からない情報を得ることだってできる。例えば、様々な鉱物は特有の分光特性を持つことが分かっている。ということは宇宙で地表の分光特性を観測すれば、どんな鉱物資源がどのように分布しているかが分かるかもしれない。同じことは植物にも言える。宇宙から、どんな植物がどのように分布しているかが分かるかも知れない。

後には衛星にレーダーを積んで、発信した電波の反射を観測して画像化するレーダー衛星も実用化された。電波も光も電磁波だから、電磁波のあらゆる波長を駆使して地球表面を見ていけば、今まで分からなかったことが分かるようになるということだ。

このことに、米政府機関としていち早く気付いたのは米地質調査所(USGS)だった。USGSの働きかけにより米航空宇宙局(NASA)は1964年から、衛星から地表を継続的に観測する研究を開始した。資金を提供したのは米内務省だった。つまり元々は、広大な米本土の自然資源を管理するための基礎となる情報を、衛星で得ることはできないか、という発想だったのだ。

カメラではなくスキャナーであることの重要性

1967年初頭に、この研究はEARTS(Earth Resource Technology Satellite:地球資源技術衛星)という衛星の概念としてまとまった。後のランドサット1である。

この研究に、ヒューズ・エアクラフト社に勤務していたヴァージニア・T・ノースウッド(1927〜)という女性技術者が参加していたことが、地球観測衛星という道具の確立に大きな影響を及ぼすことになった。映画「ドリーム」で、初期宇宙開発における女性科学者・技術者の活躍は知られるようになった。が、実はドリームに登場する軌道計算を担当する数学者達だけでなく、他にもいくつかの決定的なポイントで女性技術者は重要な貢献をしている。ノースウッドは、その中の一人だ。彼女はEARTSに搭載する「MSS:Multispectral Scanner」という観測機器を設計した。MSSは、その後の地球観測機器の基礎となり、彼女は「ランドサットの母」と呼ばれるようになるのである。

名は体を表す——MSSの革新的な特徴は、Multispectral Scannerという名称にすべて入っている。Multispectral(多波長)でありScanner(スキャナー)であること。カメラではない、ということが大変に重要なポイントだ。

MSSは4つの波長帯を識別する受光素子(波長別に光電管とフォトダイオードの2種類が使われた)とスキャンミラーを持つ光学系で構成されている。4つの波長帯は「0.5 -0.6µm(緑)」「0.6 -0.7µm(赤)」「0.7-0.8µm(写真赤外:赤外線フイルムで撮影可能な赤外領域) 」「0.8-1.1µm(近赤外)」だ。

1960年代のだから、今のように2次元に多数の光学素子を集積して作り込んだ受光アレイはまだ存在しない。受光素子は1画素を順々に撮影することしかできない。そこから画像を得るために、MSSでは衛星の進行とスキャンミラーとを組み合わせる。衛星の下面に装着されたMSSは、衛星の進行に合わせて、左右にミラーを振る。衛星は前に進む、ミラーは左右に振る、そのタイミングに合わせて各受光素子に入る光のエネルギーをデータとして切り出し、記録していく。すると地表の各地点で反射した太陽光の二次元画像データが、各波長別に記録されることになる。得られたデータは衛星搭載データレコーダー(時代が時代なので、磁気テープを回すデータレコーダーだ)に記録され、地上局との通信可能範囲に入ったところで、地上に送信する。MSSのスキャンミラーは幅185kmで直下の地表をスキャンしていく。

原理的にはデータレコーダーに記録できる限りは、いくらでも地表を細長い帯のようにスキャンしていくことができる。が、レコーダーの容量には限りがあるので、最初のMSSは185km×185kmの地表を1度に撮影する仕様となっていた。分解能は68m×83m。つまり1ピクセルが68m×83mの地表に相当する(現在、データは60m×60mに整形して提供されている)。

この時期の偵察衛星は分解能0.9m以下を達成していた。それに比べればザルのように粗い分解能だ。これでは自動車も飛行機も識別できない。その代わり、MSSは、185km四方という広大な地域を一気に4つの波長で画像化することができる。偵察衛星に搭載されているのが望遠レンズ付きカメラならば、MSSはもの凄く幅が広い多波長のスキャナーなのだ。