玉木俊明

玉木俊明

世界の紙幣たち。肖像画からは各国の歴史や主張が垣間見える。

(写真:佐藤秀明

「税逃れ」は市民に利するか

ITの発達により、市民にとっては好ましくない行為もより容易に行われるようになった。その一つが大企業等による「租税回避行為」である。数回のクリックで莫大な富が都市や国家から流出し、格差拡大を生じさせている。しかしながらタックスヘイブンを利用した租税回避行動には実に300年近い歴史があり、部分的にはそれが市民に利することもあった。租税回避の真実を経済学者の玉木俊明氏が紹介する。

Updated by Toshiaki Tamaki on March, 17, 2022, 8:50 am JST

フランス東インド会社とブルターニュ

フランスも英蘭と同様、東インド会社を創設した(1604年)。フランスにおけるフランスインド会社の根拠地は、フランス北西部のブルターニュ地方のロリアンにあり、アジアの拠点としては、ポンディシェリ、シャンデルナゴルがあった。ブルターニュの茶の輸入量は、17世紀終わり頃の10万ポンドから、17世紀後半には200万ポンド弱へと急増した。

周知のように、フランスは茶ではなくコーヒーの消費国である。したがってこの茶は、世界最大の茶の消費国イギリスに密輸された可能性が高い。

18世紀の中頃において、茶の輸入に関しては、ブルターニュが占める比率は80パーセントを超えた。ブルターニュからの茶は、主としてイギリスとオランダに輸送されたと考えられている。オランダからどこにいったかはわからないが、イギリスに輸出されたと考えるべきであろう。しかもフランスの茶は高級であったので、イギリスの富裕層によって飲まれたと推測されるのである。

密輸がイギリスを世界最大の紅茶消費国にした

イギリスは、18世紀の世界最大の紅茶消費国であった。しかし、その茶はイギリス東インド会社が輸入したものとはかぎらなかった。イングランドの茶の密輸入量は400万〜750万ポンドだと推測されているが、この数値は、合法的輸入よりも高いのである。

密輸を促したのは、イギリスの茶に対する関税の高さであった。1784年に減税法が導入されるまで、茶に対する税率は80パーセントを下回ることはほとんどなく、100パーセントを越えることも珍しくはなかった。

減税法が実施されると、密輸への誘惑は減った。さらに、1783・84〜1792・93年には、中国の広州からの茶の総輸出量は2億8500万ポンドであり、それ以前の10年間と比較すると、1億ポンド以上増えた。しかも、広州からイギリス商人が輸送する比率は大きく増えた。広州からイギリスへと、密輸されることなく輸出される茶が増えたことであろう。

イギリスが世界最大の紅茶の消費国になった背景には、密輸があったことは間違いない。逆説的な話だが、もしイギリスが茶への税率をもっと低くしていたなら、イギリス人は茶を飲む国民とならなかった可能性もあるのだ。いやむしろ、密輸こそイギリス人が茶を飲む行為を形成したといっても過言ではない(上に述べた議論については、玉木俊明『海洋帝国興隆史 ヨーロッパ・海・近代世界システム』講談社選書メチエ、2014年を参照のこと)。

税率が高いから租税回避が生じる

これまで述べたことからおわかりいただけるように、18世紀のイギリスにおいては、茶に対する関税率があまりに高く、それが茶を密輸する大きな要因となった。1784年の減税法で、正確には茶への関税率が119パーセントから12.5パーセントへと大きく低下したことによって、密輸という危険な行為をする必要はなくなったのだ。

租税回避行為が発生する大きな要因の一つに、高い税率がある。たしかに、われわれはあまりに税金が高いと、なんとかして税金を逃れようという気持ちが大きくなる。18世紀のイギリスでも租税回避行為が発生し、もしかしたら政府が本来入手できたはずの税金を失っていたのかもしれない。

さて、話を現代に戻そう。税率の高さが租税回避行為につながるとするなら、企業にとって法人税の高さは、この行為に走る大きなきっかけとなる。特に、現代のようにグローバリゼーションが進んだ時代においては、法人税が高くなると企業の根拠地を移動させる大きな誘因となる。それが、タックスヘイブンを生み出す主要な要因である。

ただし、「高い」というのは、実は主観的な判断なのである。ある人や企業にとっては普通だと思える税率が、別の人や企業は「高い」と感じるかもしれない。

6億2800万ユーロが社員のいない地域で生み出される

私は、貧困をなくすために世界90カ国以上で活動しているNGOのオクスファムのレポートをもとに、EUのトップ20がしていると思われる租税回避行為について論じたことがある(『金融化の世界史』ちくま新書、2021年)。ここではそこでの議論を、もう一度振り返りたい。

オクスファムのレポート(Oxfam International, “Opening the Vaults: The use of tax havens by Europe’s biggest banks”, 2017)によれば、EUのトップ20の銀行は、利益額の4分の1をタックスヘイヴンから取得していた。その総額は、2015年には250億ユーロであったと推計される。

EUのトップ20の銀行の利益額のうち、タックスヘイヴンの占める割合は26パーセントであった。それに対し、タックスヘイヴンの売上高は全体の12パーセントしかなく、従業員の数にいたっては7パーセントしかない。これらの銀行は、タックスヘイヴンで巨額の利益を得ているのである。

2015年には、EUのトップ20の銀行は、タックスヘイヴンの地として有名なルクセンブルクで49億ユーロの利益を出した。この額は、イギリス、スウェーデン、ドイツを合わせた額よりも多いのである。

タクシーを呼ぶ人々
雑踏の中でタクシーを呼ぶ人々。ニューヨークにて。1969年撮影。

もう少し、具体例をあげよう。ヨーロッパで5番目に大きな銀行であるイギリスのバークレー銀行は、2015年にはルクセンブルクで5億5700万ユーロを登録しており、100万ユーロの税金を支払った。ここからわかるように、税率はわずか0.2パーセントでしかない。

銀行にかぎらず、企業はタックスヘイヴンで得た利益に対して、まったく税金を支払う必要がないこともある。ヨーロッパの銀行は、2015年にタックスヘイヴンで生み出された3億8300万ユーロの利益に対し、1ユーロの税金すら支払わなかったのだ。

さらにヨーロッパでは、営業している国々で巨額の損失を出している場合もある。たとえば、2015年にドイチェバンクはドイツで損失を出していたが、タックスヘイヴンでは18億9700万ユーロの利益を計上していた。

ヨーロッパのトップ銀行の利益は、誰一人として雇用されてはいないタックスヘイヴンで稼がれている。ヨーロッパの銀行全体の利益のうち、少なくとも6億2800万ユーロが、誰一人社員が雇われていない地域で生み出されているのである。これは奇妙な現象というほかない。