玉木俊明

玉木俊明

世界の紙幣たち。肖像画からは各国の歴史や主張が垣間見える。

(写真:佐藤秀明

「税逃れ」は市民に利するか

ITの発達により、市民にとっては好ましくない行為もより容易に行われるようになった。その一つが大企業等による「租税回避行為」である。数回のクリックで莫大な富が都市や国家から流出し、格差拡大を生じさせている。しかしながらタックスヘイブンを利用した租税回避行動には実に300年近い歴史があり、部分的にはそれが市民に利することもあった。租税回避の真実を経済学者の玉木俊明氏が紹介する。

Updated by Toshiaki Tamaki on March, 17, 2022, 8:50 am JST

タックスヘイヴンの労働者が得る4倍の利益

タックスヘイヴンは、銀行の活動に大きな利益を与えてきた。それと同時に、タックスヘイヴン自体も巨額の富を得ているはずである。EUにおいて、銀行で働く平均的なフルタイムの労働者が生み出す利益は年間4万500ユーロであったのに対し、タックスヘイヴンの労働者のそれは、年間17万ユーロである。タックスヘイヴンの銀行は、平均でじつに4倍ほど多くの利益を生み出しているのだ。

ではなぜ、タックスヘイブンはこれほど巨額の利益を生み出しているのか。もっとも可能性の高い推測は、銀行はEUで稼いだ利益を、税金がまったくないか、あってもごく僅かである国に移転させているということである。それをある程度裏付ける事実は、タックスヘイヴンの子会社で働く銀行員の数が非常に少ないということである。本当に巨額の利益を生み出すほど働くなら、もっと多くの銀行員が必要だからだ。

EUの巨大銀行は、銀行の母国における一人あたりの労働者の平均生産額は2万9000ユーロであり、タックスヘイヴンの銀行員の6分の1以下にすぎない。EUをベースとする銀行は、母国ではあまり利益を上げていないか、場合によっては損益を出しているので、タックスヘイヴンとの利益額の差は広がっていくばかりである。

タックスヘイブンは市民にプラスをもたらすか

近世ヨーロッパの租税回避行為の一事例として、イギリスの茶の輸入を取り上げた。この時代の経済はモノを中心としており、その流通過程で密輸をおこなっていた。通常、密輸基地として選ばれるのは小国や小さな島々であった。遠隔地から商品を輸入するので、密輸行為には、数か月間から1年間ないし、場合によってはそれ以上の時間がかかった。

それに対し、現在の租税回避行動は、パソコンのキーボードをクリックすればそれで完了となる。モノが移動することはない。これは、ICTが発達し、金融社会が誕生した時代の租税回避行為の大きな特徴である。密輸品を隠すより、はるかに容易に租税から免れることができるのである。

密輸基地として選ばれた地域がタックスヘイブンになっていることも珍しくない。イギリス領のチャネル諸島やマン島がその代表である。さらに、これは推測の域を出ないが、カリブ海諸島のタックスヘイブンとして有名な英領ヴァージン諸島とケイマン諸島は、おそらく密輸基地であった。カリブ海諸島の代表的な作物であったサトウキビ栽培には適さない小島が多く、そのような島を利用して、密輸していたと推測されるからである。

大胆にいうなら、近世の密輸基地が現代のタックスヘイブンへと変貌し、そのうちかなりの地域が大英帝国に関係していたと考えられるのである。

企業がタックスヘイブンを利用する傾向は、アメリカの株主資本主義によって強められた。この考え方によれば、企業は株主のものである。株主は短期的な利益の増大を声高に主張する。そればかりか、株主にはできるだけ税金を支払わないという権利が付与されている。彼らは、主観的に税金が高いと考えているのだろう。より巨額な利益を求め、アメリカ企業が製造業から金融業へと重心を移したばかりか、タックスヘイブンを利用するという行為をしているのも、当然のことだと考えられよう。

18世紀のイギリスは、密輸という形態での租税回避行為により、茶を密輸入した。そのため、消費水準は結果として高まった。それに対し、現在のタックスヘイブンを利用した企業の利益拡大は、所得格差という大きな問題を発生させた。ではタックスヘイブンは、社会にどういうプラスをもたらすことができるのだろうか?

参考文献
海洋帝国興隆史 ヨーロッパ・海・近代世界システム』玉木俊明(講談社 2014年)
金融化の世界史』玉木俊明(筑摩書房 2021)
Oxfam Internationa(2017)Opening the Vaults: The use of tax havens by Europe’s biggest banks