松浦晋也

松浦晋也

ニューヨーク証券取引所。ビッグ・ボードの愛称で知られる世界最大の金融市場だ。

(写真:佐藤秀明

安全保障市場と地球観測の技術

今回のロシアによる軍事侵攻では、諸外国が情報提供によってウクライナ政府を大々的に支援している。なかでも大きなウェイトを占めるのが、衛星画像による分析である。これにより、待ち受けていたウクライナ軍がロシア軍を殲滅させたり、ロシア軍による人道に対する罪を暴いたりしているという報道もある。
しかし実は、衛星画像の技術自体はすでに四半世紀以上前に熟してきており、現在も稼働している「ハッブル」宇宙望遠鏡は30年以上前に打ち上げられたものである。高分解能地球観測衛星が登場したときの状況について、科学ジャーナリストの松浦晋也氏が解説する。

Updated by Shinya Matsuura on May, 18, 2022, 9:00 am JST

現在も稼働している、1990年に打ち上げられた「ハッブル」

1990年4月24日、アメリカ・フロリダ州のケネディ宇宙センターから、スペースシャトル「ディスカバリー」が打ち上げられた。フライトナンバーは「STS-31」。シャトル全体では35回目の打ち上げで、オービターの「ディスカバリー」としては10回目の飛行だった。積荷は、「ハッブル」宇宙望遠鏡。

ハッブルは、米航空宇宙局(NASA)の、「赤外線からガンマ線に至る、広い波長域の光で宇宙を観測する巨大宇宙望遠鏡群を宇宙に打ちあげ、運用する」という「グレート・オブザバトリー」計画の一環として、可視光領域での観測を担当する宇宙望遠鏡として開発された。口径100インチ、すなわち2.5mの主鏡を持ち、大気の影響を受けない宇宙空間で、高精度の観測を実施する。その名は、ウィルソン山天文台の100インチ天体望遠鏡(出資者の名前に因んで「フッカー望遠鏡」という)を用いた観測で、宇宙が膨張していることを発見した天文学者エドウィン・ハッブル(1889〜1953)にちなむ。

軌道上に配備されたハッブルは、製造ミスでピントが合わないという大トラブルを起こしたが、スペースシャトルで宇宙飛行士が赴き、修理することで乗り越えた。これまでに合計5回の修理と改修を受け、打ち上げから32年を経た2022年5月現在も運用を続けている(前回取り上げたランドサット5は、このような修理なしで29年以上稼働し続けた)。

「100インチの符合」の意味

ところで2012年、アメリカ政府の偵察衛星を運用する組織である国家偵察局(NRO)は、NASAに2枚の主鏡と、附属する光学系一式を寄付した。元々は、偵察衛星用に発注し、納入されたものだが、不要になったために、NROがNASAに「再利用できないか」と打診したのである。このミラーの口径も100インチだった。
この「100インチの符合」にはどのような意味があるのか?

アメリカには、高精度の望遠鏡向け主鏡を研磨できるメーカーが複数ある。おそらくは、それらのメーカーの持つ研磨設備が、直径100インチに対応していたのだろう。そうなるにあたっての最初のきっかけはウィルソン山のフッカー望遠鏡であり、そんなメーカーにNROは偵察衛星向けの100インチ主鏡を大量に発注。さらにその流れに乗る形で、NASAからのハッブル宇宙望遠鏡向け主鏡も発注・製造されたのだろう。ちなみにNROからNASAに寄贈された主鏡のうち1枚は、2020年代半ばの打ち上げを予定している「ナンシー・グレース・ローマン赤外線宇宙望遠鏡」の主鏡として利用されることが決まり、既に再研磨などの加工も終えた。ナンシー・グレース・ローマン(1925〜2018)は、ハッブル宇宙望遠鏡を提唱し、計画立ち上げにも功あった天文学者だ。

望遠鏡がどれぐらい細かな物体を識別できるかは、望遠鏡の口径、つまりは主鏡の直径と観測に使う光の波長で決まる。口径が大きいほど、光の波長が短いほど、性能が上がる。
ちなみに、ハッブル宇宙望遠鏡の分解能は、0.04秒角と公表されている。この光学系で高度500kmから地表を見ると、差し渡し1.5cmの物体が識別できるということになる。現在NROは、通称「KH-12」と呼ばれる偵察衛星を複数運用している。通称、というのは、機密指定解除となった過去の偵察衛星が「KH-7、8、9」という型式名であることからの推定であるからだ。正式な名称は、今も機密の壁の向こう側にある。

同衛星は近地点高度300〜500km、遠地点高度1000km前後の楕円軌道で地球を回っている。KH-12の光学系がハッブルと同等と仮定すると、地表の1〜3cmの物体を識別できるということになる。
もちろん、宇宙からは揺らいだり霞んだりする大気の層越しに地表を見るので、これほどの分解能は期待できない。

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ユーコン川は、カナダのユーコン準州とアメリカのアラスカ州を流れる大河。ファインダーで切り取った様は、まるで海だ。

2019年9月、イラン北部のイマーム・ホメイニ国立宇宙センターで打ち上げ準備作業中だった同国の衛星打ち上げロケット「サフィル」が爆発事故を起こした。この時、トランプ米大統領は、あろうことか報告を受けた爆発現場の偵察衛星画像を、そのまんま自らのTwitterアカウントに掲載するという世紀の椿事を引き起こした。結果、NROの偵察衛星が地表の10cmほどの物体を識別できることが、世界中にバレてしまった。
大気の揺らぎも考慮すると、だいたい分解能の数値が整合することから推定するに、現在NROが運用する偵察衛星にも口径100インチの主鏡が使われているのである。

地球観測がアメリカの国家安全保障に脅威を与えるものになってはならない

前々回前回取り上げたアメリカの「1992年陸域リモートセンシング政策法」は、単にランドサット計画の継続を定めたものではなく、衛星を使った地表の観測、すなわちリモートセンシングを、民間のビジネスとしてきちんと立ち上げることを意図し、そのために政府が行うべき業務を定めた内容だった。

政府がリモートセンシングビジネスを希望する民間企業を審査して免許を発行すること、得られるデータをどこまで販売可能かどうかを政府がコントロールすること、観測地域を政府が制限できること、などを定めている。政府として「このように手続きを行い、このような基準を遵守すれば、政府としては民間企業がリモートセンシング事業に参入を認める」という公的なガイドラインを定めているわけだ。

1994年3月、米クリントン政権は、地球観測ビジネスの立ちあげを目的とした「大統領令NSC23号(Presidential Dicision Directive NSC-23)」を発行した。NSCは国家安全保障会議(National Security Council)の略だ。NSCは大統領府に設置された、アメリカの安全保障と外交政策に関する最高意志決定機関である。

大統領令は、大統領から行政府への命令であり、法律と同等の効力を持つ。この大統領令NSC23号は、1992年陸域リモートセンシング政策法に基づき、アメリカ企業の保有する地球観測衛星が取得した地球観測データを海外のカスタマーにどこまで販売するのかを、アメリカ政府が管理することを定めたものだった。地球観測をビジネスにするのはいいが、それがアメリカの国家安全保障に脅威を与えるものになってはならない。だから、大統領令で具体的な管理の手順を定めたわけである。管理を行うのは商務省と指定され、民間事業者は商務長官から期限付きの免許を取得する。また商務省は、データの販売先、販売できるデータのフォーマット、特定地域を撮影したデータの販売といった許認可権を持つものとされた。

分解能の範囲はアメリカ商務省が指定。自国の優位性を保つ仕組みに

大統領令に則り、商務省は制度を整える。その中に、販売可能な地球観測データの分解能の指定も入っていた。これまではランドサットの30mが限界だったが、新たな限界は1m。一気に高分解能データの販売が可能になったのである。この指定は、商務省の省令レベルで行われる。つまり、欧州や日本などがより高分解能のデータを販売する場合には、商務省独自の判断で素早く指定を変更し、アメリカ企業の競争力を維持できる仕組みになっていた。事実、この分解能の制限は、その後50cm、そして現在の25cmへと段階的に緩和されていくことになる。

これは同時に、1950年代末からアメリカが機密の壁の向こう側で開発してきた偵察衛星の技術を、民間に開放するということも意味していた。例えば、30m分解能の撮像と、1m分解能の撮像では、1m分解能の撮像のほうが、より正確に衛星の姿勢を制御する必要がある。望遠レンズを装着したカメラのほうがぶれやすいので注意が必要、というのと同じだ。そのような高分解能撮像に必須の衛星技術は、偵察衛星の開発を通じてアメリカの衛星メーカー及び衛星向けコンポーネント製造するメーカーに蓄積されていた。衛星産業もまた、高分解能地球観測データの販売解禁に伴い、あらたな商機を得ることとなった。

1992年陸域リモートセンシング政策法と大統領令NSC23号によって、地球観測をビジネスとする社会環境が整備された。これを受けて、アメリカでは、3社が高分解能地球観測衛星の開発と運用へと乗り出した。スペース・イメージング社、オーブイメージ社、ワールドビュー・イメージング社だ。3社共に1992年に、リモートセンシング政策法の成立を受けて創業し、1994年から本格的なビジネス展開を開始した。資本関係は、スペース・イメージング社が航空宇宙大手のロッキード・マーチン社系、オーブイメージ社が1980年代に創業して伸長した宇宙ベンチャーのオービタル・サイエンス社系、ワールドビュー・イメージング社が独立したベンチャーだった。1995年にワールドビュー・イメージングは、アースウォッチと名称を変更した。

このうち、ビジネスを先行させたのはオーブイメージだった。1995年には小型の地球観測衛星「オーブイメージ1」を、1997年にはNASAからの委託を受けた小型海洋観測衛星「オーブイメージ2」を打ち上げた。

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ワシントン・スクエア公園。リタイアした人たちが日向ぼっこをしていた。

ここで1994年の大統領令により、高分解能地球観測衛星の運用が可能になり、各社一斉に衛星を発注することになる。スペース・イメージング社はロッキード・マーチン社に、オーブイメージ社はオービタル・サイエンス社に、デジタル・グローブ社は、ボール・エアロスペース社にそれぞれ衛星を発注した。それまで、民間向け高分解能地球観測衛星は、存在しなかったので、衛星各社は発注に合わせて新規の衛星をゼロから開発することとなった。このため、それぞれ衛星の開発に5年ほどの時間を要することになった。

先行したのは、スペース・イメージング社だった。「イコノス」という衛星を2機開発し、最初の「イコノス1」は1999年4月27日に打ち上げられた。ところが、打ち上げに使用したロッキード・マーチン製の「アテナII」ロケットの衛星フェアリングが開かず、打ち上げは失敗してしまった。

同型機の「イコノス2」はこの失敗を受けてナンバーなしの「イコノス」と改名された。イコノスは1999年9月24日に打ち上げに成功し、2000年1月から地表の観測を開始した。サンプルとして公開された画像は、それまでのランドサットシリーズの画像とは桁違いの高精細さで、大きな反響を引き起こした。この年、アメリカの一般化学雑誌の「ポピュラー・サイエンス」誌は、2000年の「ベスト・オブ・ホワッツ・ニュー」にイコノス衛星を選定した。

視野が狭いのであれば、早く首を振ればいい

イコノスの設計は、その後の民間向け高分解能地球観測衛星の規範となった。搭載センサーはパンクロマチック(モノクロ)で分解能1m、カラーで同4mの画像が取得できる。ただし1度に撮影できる範囲は11km×11kmと決して広くない。つまり望遠レンズを装着している。

撮影光学系は主鏡の直径が70cmあり、高高品位の高分解能画像を得るのに十分なだけの性能的余裕を確保している。
衛星本体は、撮像光学系の鏡筒を基本構造体として、その後ろに電源や通信などの衛星バスを持ち、さらに衛星バス周囲に短く丈夫な3枚の太陽電池パドルを展開するという形状だ。撮像時のブレとなる余計な振動が発生しにくいように、衛星構造体の剛性を高める設計である。太陽電池パドルが短く丈夫なのも、余計な振動を起こさないようにするためだ。

撮像範囲の狭さを補うために姿勢制御系は高精度かつ高速動作が可能で、光学系を狙った場所に速やかに向けることができるようになっている。実際、イコノスの姿勢制御能力は同時期の他の地球観測衛星と比べると卓越したものだった。2004年の火星大接近にあたっては、光学系を地表ではなく火星に向け、火星を撮影するというデモンストレーションも行っている。

2001年9月アースウォッチ社は、社名をデジタル・グローブと変更した。2001年10月にはそのデジタル・グローブ社の「クイックバード」が、2003年6月にはオーブイメージ社の「オーブビュー3」がそれぞれ打ち上げられた。クイックバードは分解能61cm、オーブビュー3は同1mの画像を取得する能力を持ち、これで3社の高分解能地球観測衛星が軌道上に揃った。

それでは1980年代以来アメリカが目指してきた商業地球観測データ市場が立ち上がったか、といえば……そうはならなかった。

顧客は海外の政府機関ばかり

確かに顧客は付いた。が、顧客のほとんどは、民間の事業者ではなく、海外の政府機関だった。偵察衛星が欲しいが、自らでは衛星を打ち上げて運用する能力を持たない国の政府機関が、安全保障目的で高分解能地球観測衛星の取得画像を購入したのである。まだまだ衛星データの価格は高く、「いくら払ってでも欲しい情報」となると、各国政府の安全保障情報ぐらいしかなかったのだ。

安全保障の市場は決して大きなものではなかった。2000年代を通じて市場規模は徐々に拡大したものの、目覚ましい急成長というにはほど遠かった。2010年の世界のリモートセンシングの市場規模(仏Euroconsult社調べ)は13億ドル。うち65%が政府系の安全保障分野であり、民生用途は35%であった。これでは衛星の開発コストの回収も難しい。

市場が小さいと、参入企業の合従連衡が始まる。2005年、オーブイメージがスペースイメージングを買収した。新会社はジオアイという名前になった。2013年にはデジタル・グローブがジオアイを買収。さらに2017年にはカナダの航空宇宙大手企業のMDA社がデジタル・グローブを買収した。

MDAは本社をカナダからアメリカへと移転し、社名をマクサー・テクノロジーズと改名した。2019年、マクサー・テクノロジーズは、カナダに残していた部門を売却、独立させ、完全なアメリカの会社となった。3社で始まった高分解能地球観測衛星による市場開拓は、25年を経て、マクサー・テクノロジーズ1社に統合された。

結局、民間のリモートセンシング市場は、世界で1社しか生き残れない程度の規模でしかなかったのか?
いや、そうではなかった。次なる萌芽は、スペース・イメージング以下の3社が衛星を開発している真っ最中の、1998年に既に芽生えていた。

参照リンク
Hubble Space Telescope:https://hubblesite.org/
Nancy Grace Roman Space Telescope:https://roman.gsfc.nasa.gov/
Presidential Dicision Directive NSC-23:https://irp.fas.org/offdocs/pdd/pdd-23.pdf
IKONOS:https://microsites.maxar.com/ikonos20/
QuickBird:https://www.spaceimagingme.com/downloads/sensors/datasheets/QuickBird-DS-QB-Web.pdf
OrbView-3:https://directory.eoportal.org/web/eoportal/satellite-missions/o/orbview-3