広井良典

広井良典

カナダで迎えた肌寒い朝。牧場を営む家族と挨拶を交わし合った。

(写真:佐藤秀明

新しいコミュニティを実現するために

これからの日本社会のありようを考えていくにあたって重要になるのが、コミュニティというテーマだ。これまでの組織運営で用いられていた年功序列型の社会システムや、若者から労働力を搾取しつづける構造では日本社会の未来はない。今後、期待されるコミュニティを実現するために必要なことはなにか。京都大学人と社会の未来研究院の教授、広井良典氏が語る。

Updated by Yoshinori Hiroi on June, 15, 2022, 9:00 am JST

日本に多かった、空気を読みあう「農村型コミュニティ」

そもそもコミュニティとは何だろうか。拙書『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書 2009年)でも述べた点だが、コミュニティには大きく分けて2つの型がある。「農村型コミュニティ」と「都市型コミュニティ」である。
日本で作られるコミュニティは、一般的には農村型コミュニティと呼べるものであることが多い。農村型コミュニティとは、同質的な人々が集団となり、情緒的な一体感をもって結びついている社会だ。ここでの人々は、空気を読み合い、互いを忖度し、同調性を重んじる。
一方で、都市型コミュニティはより緩やかなつながりで集団が形成されている。個人が独立した存在であり、人間関係は比較的ドライで、異質な個人も含まれる。集団を超えたつながりも発生し、空気を読むことよりも、言語で論理的に説明することを好む。

旧来の日本社会は農村型コミュニティが多数だった。そのために、コミュニティとは息苦しくて抑圧性が高いものだと理解されがちだったのだ。だが、都市型のコミュニティならどうだろう。これなら、コミュニティに属することへの抵抗感が随分と薄まるのではないか。だからこれからの日本においてコミュニティを考えるときは、いかに都市型コミュニティを増やしていけるかが重要になる。

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夕暮れのマルケサス諸島。あちこちに貨客船が浮かび、アイスクリームなどを売っている。

しかし、まさにここが難所である。社会人類学者の故・中根千枝氏が1967年に『タテ社会の人間関係 単一社会の理論』を現したときから、日本社会はほとんど変わっていない。
『タテ社会の人間関係』によれば、日本社会はウチとソトが強く意識される社会だという。同じ集団内すなわちウチでは徹底的に気を使うし、そのために同調圧力も発生する。ところが、ソトに対しては非常に無関心であり、ときには敵対的ですらあるという。基本的には集団は内側に閉じており、それぞれの集団の孤立性が維持されやすいのだ。これはすなわち、農村型コミュニティであるといえる。

個人が自立した「都市型コミュニティ」の生成に必要な3要素

しかし、若い世代を見ていると変化の兆しを感じる。
些細な例だが、私はほぼ毎週新幹線で京都と東京を往復しているが、最近気がついたことがある。新幹線のなかで「席を倒してもいいですか?」と訊ねる人が増えてきたのだ。若い人たちは比較的、男女問わず他人に対して声をかける。上の世代に比べ、見知らぬ人へのコミュニケーションをそれほど厭わないのである。これがたとえば団塊世代などのオジサン層になると、見知らぬ他人に声をかけたり気遣う人が極端に減る。どうやら高度経済成長そして人口増加の時代が終わったあとに、徐々に変化が訪れているようだ。「昭和」的なものからの変化とも言える。
なぜ新幹線の座席のようなささやかな事例に変化の兆しを感じるかというと、都市型コミュニティをつくるための要素にこのような行動が欠かせないからである。

都市型コミュニティをつくるためには、下記の3つの要素を揃えることが重要である。

1 見知らぬ人同士の交流を厭わない行動
2 協力しあう目的と活動
3 相互扶助や三方良しといった、互いが利益を得られるようにする思想

それぞれの項目について詳細を述べていこう。

1 見知らぬ人同士の交流を厭わない行動
つまりは、挨拶をするということである。ヨーロッパなどに行けば知らない人同士でも挨拶をすることはごくありふれた行為なのだが、日本ではこれが非常に少ない。それどころか、肩がぶつかっても声を交わすことなく通りすぎていく。
混み合った公共交通機関で、ベビーカーに向けられる冷たい視線はこれに端を発する。「ここ空いていますよ」「大丈夫ですよ」その一言が場を変えていく。

2 協力しあう目的と活動
コミュニティというのは、「さあコミュニティを作りましょう」と言ってできるものではなく、結果としてできるものである。趣味や関心を同一にした人々が集まれば、そこにはコミュニティが発生する。
地域基点のコミュニティを作りたいときは、そこに集う人々が参加できる活動があるといい。私が所長を務めている「鎮守の森コミュニティ研究所」は神社や寺と連携して、自然エネルギーの活用や心身のセラピーを行うプロジェクトを走らせている。地域における自然と人間の関係を再構築することを目的に複数の活動を行うことで、新たなコミュニティが生成されてきていると感じる。

3 相互扶助や三方良しといった、互いが利益を得られるようにする思想
ハワイ出身の日系アメリカ人であるシカゴ大学のテツオ・ナジタ教授が著した日本の思想史『相互扶助の経済 無尽講・報徳の民衆思想史』(みすず書房 2015年 五十嵐暁郎監訳 福井昌子訳)にもあるように、もともと日本の経済は相互扶助で成り立っていた。しばしば「」(頼母子講、無尽講など)と呼ばれる、各人がお金を出し合って支え合うような仕組みが発生し、人々がお互いにつながることで経済を成り立たせる思想や習慣があったのだ。それが、利潤拡大が目的化されたことで薄らいでいった。この思想を復権させることはひとつの鍵となるだろう。
さらにいえば、コミュニティの土台というのは、自然と共生する思想にある。自然とのつながりをもう一度考え直すこと、その新しい形を見つけていくことが現代の日本社会の課題だ。

利潤拡大だけを目的にしない相互扶助の経済

相互扶助というと高齢者への支援が中心で、若い世代はますます負担が大きくなるというイメージを持っている人もいるかもしれない。
だが、現実的にはむしろ、若い世代への支援が重要だ。私はそれを「人生前半の社会保障」と呼んできたが、今の日本で重要なのは何よりこの点である。

社会で役立つという実感、感謝されて嬉しいという気持ち、人々から認められることの誇り。これらはすべてコミュニティ的な欲求であり、人間にとって本質的なものである。

現代の日本社会は、未だ1960年代から70年代にかけての高度経済成長の社会構造を前提に動いている。当時は若者が多く、高齢者は少なかった。これが65歳以上が全人口の約30%を占めるようになったときに、同じように回るわけがない。

未来を支える「時間」と「死生観」

相互扶助の経済を考えるときにヒントになるのが、「時間」と「死生観」だ。
私たちは同じ時間を生きているようで、実は各々異なった時間を生きている。現役世代は、比較的カレンダーに合わせた直線的な時間を生きることが多い。日々いろいろな予定が入っており、それをこなしながら生きている。一方で、子どもや高齢者は隙間が多く、ゆったりとした時の流れのなかで円環的な時間を生きていると考えられる。

働きながら子育てをしていると、自身のカレンダー的な時間の流れと、子のゆったりとした円環的な時間の流れのギャップを感じ、実はこれが子育てをより厳しいものにしているという人がいた。見方を変えてみると、子どもとふれあうことでカレンダー的な時間の支配から一時的に解放されることもできる。一方で、その切り替えが大変だという気持ちもよくわかる。とくに首都圏にいると、時間の流れが早いため、直線的な時間の流れに追い回されることになりがちだ。私は20年間千葉大に勤めていたが、このときがまさにそうだった。一方で、別の活動拠点である八ヶ岳に生き、自然に触れていると時の流れが変わるのを感じた。水面の上を伝っていくような、ゆっくりとした心地の良い時間が流れるのだ。

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アマゾン川の上流にて。原住民が生活用品を船で運んでいる。1990年ごろ撮影。

時間というのは本来、層をなしているのかもしれない。ベースにあるのが自然とともにある時間、中間にあるのがコミュニティに流れる時間、一番先端にあるのが個人の時間である。
自然とともにある時間は、ゆっくりと流れる、悠久の流れに身を置く時間である。コミュニティの時間というのは、子どもや老人と過ごすような円環的な時間だ。そして個人の時間こそが、直線的に流れていくカレンダーのような時間である。もしかしたら人は、この階層をいったりきたりすることでバランスを保つことができるのかもしれない。

生と死はグラデーションを描く

死ぬときは「ピンピンコロリがいい」とはよく言われることだが、生と死は実はそこまで明確に割り切れないところがある。
昨年89歳で亡くなった私の母は晩年認知症になり、介護が必要になった。1日のなかで寝ている時間が長くなり、赤ん坊のように多くの時間を寝て過ごすこともあった。そんな母を見ていると、細切れの睡眠時間が全てつながり、全部の時間を寝るということが死ぬということなのかとさえ感じた。死というものは、生とゆるやかにつながっているのだ。

生から死へのゆるやかな移行は、本人にとってはマイナスではない。スウェーデンの社会学者・トーンスタムが構築した老年的超越(ジェロトランセンデンス)という概念があるが、そこでは超高齢期になると意識や時間の流れが変わり、自分を代々の先祖のなかに入っていくように感じる、そのようなところに自分を位置づけるというのである。自分と自分以外の境界が曖昧になり、生と死の区別が薄らいでいく。

60代、70代はまだアクティブシニアとして活動すればいいと思うが、80代、90代はアクティブに振る舞うことが次第に難しくなり、社会的なネットワークも徐々に少なくなっていく。社会からの疎外感や死への恐怖などのマイナス面を考えれば、老年的超越のような意識のあり方は一つの適応策であり、そのほうが幸せかもしれないのである。

一般的に、自我意識が強い人ほど死への恐怖が強いと言われる。そのような人は、若い時のままの意識では死期が近づいてくることに耐えられないだろう。そうすると、認知症で起こる症状は一概にマイナスばかりではなく、プラスの面をもたらすことがあるといえる。これこそが、生と死のグラデーションである。

個人を超えてコミュニティや自然につながること

いま述べた「老年的超越」との関連で、ここで「自己超越」という言葉について考えてみたい。
心理学者のマズローによれば、自己超越とは有名な5段階欲求のさらにその上に出現するものである。ある意味で、これは人間の最高レベルの欲求かもしれない。
今、学生や社会人講座に集まる人々などと話をしていると、社会あるいは世界をよくするために貢献したいと考えている人が驚くほど多いと感じる。社会的企業を立ち上げたある学生は、自分がやりたいのは「自己実現」ではなく「世界実現」だと言っていた。これもある種の自己超越といえるだろう。

都市型コミュニティの実践と個々人の幸せの双方を追求するためには、「個人」を尊重しつつも、それが個人を超えたより大きなものにつながるという意識を持てることが重要になってくる。
自分を大事にしつつも、自分を超えてコミュニティや自然につながっていくこと。それは死への恐怖も超えることになるだろう。
もちろん、肉体はいずれ滅ぶ。しかし、自分の発した言葉などが築いたコミュニティがこれからも続いていくことを感じることができれば、「死」は必ずしも無に帰することを意味しない。

参考文献
コミュニティを問いなおす』広井良典(筑摩書房 2009年)
タテ社会の人間関係 単一社会の理論』中根千枝(講談社 1967年)
相互扶助の経済 無尽講・報徳の民衆思想史』テツオ・ナジタ 五十嵐暁郎監訳 福井昌子訳(みすず書房 2015年)