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荒尾市立図書館内ではデジタルライブラリーも閲覧できる(写真:佐藤振一)

市立図書館がデジタル漫画『宮崎兄弟物語』を手掛けた理由とは?(熊本県荒尾市)

課題の多い地方こそ、DXが進んでいる模様を紹介するシリーズ第2弾。今回は郷土学習のために市立図書館がデジタル漫画を手掛け、大型電子ペーパーサイネージや児童に配布されたタブレットで公開している例を紹介する。教えてくれるのは荒尾市の学芸員・野田真衣氏だ。

Updated by Hondana Enzan on March, 17, 2023, 5:00 am JST

2022年4月にオープンした新荒尾市立図書館では、デジタルライブラリーで郷土の偉人である「宮崎兄弟」をテーマにした漫画を公開しています。これは大型電子ペーパーサイネージのうえで自動的に頁送りされるデジタル漫画で、どなたにも鑑賞していただけるもの。近年、他の公共施設と比べて利用者が多い図書館には、「地域課題解決の拠点」としての役割が求められています。こうした中でデジタル漫画に期待されていること、またその制作過程について荒尾市の取組の一端をご紹介します。

公共図書館では前例のない、本格的な「デジタルライブラリー」設置

事の始まりは、市立図書館を市の中心拠点に位置する商業施設(シティモール)へ移転し、図書館の質的向上やシティモールの活性化を図ろうとしたことでした。
2020年11月に荒尾市・荒尾シティプラン(シティモールの運営会社)・紀伊國屋書店の3者で「荒尾市立図書館の質の向上とあらおシティモールの活性化に関する連携協定」を締結し、プロジェクトを遂行。紀伊國屋書店には、施設内への書店出店の検討及び図書館の移転整備について市への助言を行ってもらうことになりました。

公共図書館では前例のない、本格的な「デジタルライブラリー」設置の提案は、紀伊國屋書店からの提案でした。電子書籍やデータベースのサービスだけではなく、デジタル技術を駆使し、情報発信の機能を備えること。これによって、地域との連携やモール全体の活性化に寄与することを狙ったわけです。また地域図書館としての観点から、郷土の魅力ある資源を図書館に盛り込むという構想も進められました。

図書館の担う役割に合致する「デジタル漫画」の制作

新荒尾市立図書館では、①学びを「つたえる」図書館 ②交流活動と「つながる」図書館 ③未来に「つづく」図書館を基本方針として掲げていますが、デジタル漫画はこの中で①・③の基本方針に寄与するものです。つまり、歴史的にかつ世界から評価される先人の思想や活動を学ぶことができる環境を提供し、現代を生きる人々へ知を継承すること、そして人材の育成に繋げること、また学びを基に人々がより良い地域や未来について考える・話すきっかけとなるような環境を醸成すること――こうしたことを願い、郷土の偉人について学べるデジタル漫画を制作することになりました。

題材に選んだのは「宮崎兄弟」。宮崎兄弟とは、明治から大正時代に自由民権を掲げ、世界平和を求めて活動した八郎、民蔵、彌蔵、寅蔵(滔天)の四人兄弟のことで、特に末弟の滔天は、中国の辛亥革命の中心的人物・孫文を支援した日本人の代表格として知られています。(詳しくは、荒尾市HPをご参照ください。)荒尾市では市制50周年の1992年に彼らが生まれ育った生家を復元工事し、同敷地内に彼らを顕彰する資料館を併設して、「宮崎兄弟の生家施設」として1993年に一般公開しました。今では孫文との友情の歴史を礎に、中国や台湾、シンガポールといった地域と荒尾市を繋ぐ地域資源ともなっています。

ところが、海外からの評価が高い一方で、彼らの歴史は、当時の世界情勢とその中での日本国内の動きもある程度知っておくことが必要なために難解で、一般的な認知度が低いという課題がありました。とりわけ、郷土学習や国際交流といった観点から市内小中学校でテーマの一つとして取り組んでもらっているのですが、子どもたちへの説明にはとても苦労していました。
こうしたことの積み重ねから、いつの日か彼らの歴史的価値と現代的価値を多くの人に分かりやすく伝えられるようにしたい、その手段として、彼らの生涯を漫画に出来れば、と考えました。

革命成功の謝礼のために荒尾市上小路宮崎民蔵家を来訪した

デジタル漫画だからこそ、子どもたちに届きやすい

新型コロナウイルスによる制作の遅れの影響もあり、オープン時にはまず第1章のみの掲載となりましたが、2022年10月にはすべて納品され、今、市内小中学校での活用が始まっています。荒尾市ではGIGAスクール構想に伴い、令和2年度に市内小中学校の全児童生徒にタブレットを配布しているため、児童はこのタブレットからも漫画が閲覧できます。やはり漫画は読みやすいようで、『宮崎兄弟物語』の閲覧数は伸びているとのこと。早速漫画の力を実感することになりました。

郷土学習についてはこれまでも宮崎兄弟の生家施設での現地学習や出前講座で取り組んでもらっていましたが、これからはまずこの学習漫画を通じて、宮崎兄弟がどのような時代に生きていたのか、どのように世界を見、そして活動したのかを知ってもらうことが出来るでしょう。彼らの言葉や活動は今に生きる私たちにも響くものがあり、この学習漫画を通じて子どもたちがその一端に触れてくれたらと願っています。

『宮崎兄弟物語』はオリジナル出版を電子書籍としたからこそ、子どもたちがいつでも読めるかたちとなっており、授業内で一斉に読書する等、電子ならではの使用方法を活かしながらの郷土教育を計画できています。これまで生徒数の調整等が絡み、現地学習になかなか取り組めていない学校もありましたが、図書館のデジタルライブラリーにあるデジタル学習スタジオを基点に、市内小中学校と宮崎兄弟の生家施設を繋いでの学習会といったことも出来るようになるのではないかと期待しています。

デジタル漫画という新たな財産

デジタル漫画制作が決まってからは、小学館の編集部も交え、作画の依頼先を選定しました。ここで「監察医朝顔」の作者である木村直巳先生が快く引き受けてくださったことが、「宮崎兄弟物語」に命を吹き込むことに繋がったと感じています。
ストーリーは、小学館の佐々木翔氏にご執筆いただきました。Web会議とメールで基本文献をお伝えし、それに基づいて、180頁という限られた紙幅に宮崎兄弟の活動のエッセンスを落とし込むべくストーリーを書いてもらう、歴史検証をする(漫画ということもあり多少の脚色や省略があるのはもちろんとして)、また書き直す…という作業を何度もやり取りさせていただきました。

こうして関係者の皆様がそれぞれの場で尽力してくださった結果、「小学館デジタルまんが偉人伝『宮崎兄弟物語』」は無事に完成しました。時には無茶なお願いもしましたが、その意図をきちんと汲み取ってくださり、出来上がってきたネームを見る度、想定以上に宮崎兄弟という人物について掘り下げてくださっているのが分かり、有難く感じました。特に、木村先生においては、基本文献のみならずそれ以外の書籍にも目を通してくださったことが分かる、そして読者に宮崎兄弟の人柄や行動の意味が伝わる描写をしてくださっており、プロの漫画家の力に大いに助けられました。これまで研究で依拠してきた文献資料の文字上からは読み取れない、その行間にある、決して創作ではない、確かに過去この世界に生きていた人間の心情をきちんと掬い取ってくださったと思います。こうした点からも今回の漫画制作は、本市にとって大きな財産になったと感じています。
(デジタル漫画ができるまでの詳細は「デジタル漫画『宮崎兄弟物語』ができるまで」で詳しく紹介します。)

図書館も開館から約10か月、来館者数も20万人を超えリピーターも多いようです。図書館に人が集まり、学ぶとともに、そこから新たな交流が生まれ、新しい文化や価値が創造されていくきっかけとなればとも思っています。デジタル漫画の活用という話ではないですが、2023年2月には「宮崎兄弟」を題材にウィキペディアタウンというイベントを開催する予定で、こうしたいくつもの取組みを重ねて、宮崎兄弟という地域資源を基に、そしてその拠点として図書館が役割を果たし、地域の担い手の育成、国際交流等に繋がっていくことが出来ればと願っています。

荒尾市立図書館。広々とした空間で読書を楽しめる(写真:佐藤振一)