DXはまちづくりの全てのフェーズにかかわっている
虚しい結果に終わった「オリンピック・パラリンピック」の後に据えられた国家施策にDXが挙げられる。それもこれも次々と掲げられる目標の一つにすぎないと思われるかもしれないが、この二つには大きな違いがある。
短期間の巨大イベントをつつがなく終えるためには、権力はどうしても集中していなくてはならないが、新しい目当てとしてあらわれたDXは、そもそも権力の分散を指向しているからだ。
コロナ禍において、私たちは自分の環境をちょっと変えてワークスペースをつくった。筆者の大学の研究室では毎週のゼミの資料をクラウドに保存する習慣が定着し、誰もプリンターを使わなくなった。企業の経営者たちは、職場の生産性をあげるためにデジタル技術を使ったさまざまな取り組みを試行錯誤した。DXは大きな権力に引っ張られる変化ではなく、誰もがイニシアティブをとれる変化である。あちこちで、それぞれの人々がデジタル技術の助けを得て小さな試みを積み上げて自分達の環境を改善し、その積分が社会全体をじっくりと変えていく。それがDXであり、コロナ禍の後も、社会のあちこちでじっくりとした変化が続いているのである。
この記事では、このDXが「まちづくり」の分野でどう取り組まれているのか、筆者の経験を紹介しその可能性を考えていきたい。まちづくりという言葉の意味は広く、都市計画や都市整備にかかわる合意形成から、計画の作成、空間の整備、そして整備後のマネジメントまでを指し、DXという言葉はその全てにかかってくる。この記事では、そのうちの合意形成の 質をあげるためのDXについて取り上げる。
まちづくりに関わる合意形成のために、デジタル技術で市民の情報処理能力を向上させる
まず前提としなければならないのは、まちづくりに関わる合意形成の場がとても増えているということだ。20年前の地方分権によって小さな都市にも都市計画審議会が設置されるようになったし、公共施設がつくられるときに、建築家が市民を集めてワークショップを開催するということも当たり前になってきた。しかし、それに対して「まだまだ」と多くの人が考えていることも間違いない。多くの人が考える合意形成の場の必要数に対して、地方分権前の合意形成の場の数は1%にも満たなかっただろうし、その後20年で10%く らいには増えたのかもしれないが、まだまだギャップはある。少しでも100%に近づけるにはどうしたらよいか。
解決策の一つは、デジタル技術を駆使して参加者である市民の情報処理能力を向上させることだ。今や質問をすればそれらしい答えをAIが返してくれる時代になったが、あくまでも最後に「合意」をするのは私たち市民である。
だから、まずは得られた情報を二倍速で合意形成の場に情報を流し込んでみる、次は恐る恐る四倍速にしてみる、人々の反応をみながら三倍速に戻してみる。という具合に、漸進的に実験的に取り組んでみたらどうなるだろうか。実際に、東京郊外で計画されている都市開発プロジェクトにおいて、半年ほどかけてそんな実験にチャレンジしてみた。