饗庭伸

饗庭伸

Holomaps上で地図を重ねて議論している様子。(写真:饗庭伸)

地方自治体が溜め込んだ膨大なデータがようやく生かされる。プロジェクトPLATEAUで実現するこれからのまちづくり

最新技術とは縁遠そうに思われる「市民によるまちづくり」の現場においても、デジタル技術は大きな力を発揮している。技術が、参加者たちの情報処理能力を向上させるからだ。実際に八王子市の市民とともにワークショップを行った饗庭伸氏のレポートを紹介する。

Updated by Shin Aiba on April, 11, 2023, 5:00 am JST

DXはまちづくりの全てのフェーズにかかわっている

虚しい結果に終わった「オリンピック・パラリンピック」の後に据えられた国家施策にDXが挙げられる。それもこれも次々と掲げられる目標の一つにすぎないと思われるかもしれないが、この二つには大きな違いがある。
短期間の巨大イベントをつつがなく終えるためには、権力はどうしても集中していなくてはならないが、新しい目当てとしてあらわれたDXは、そもそも権力の分散を指向しているからだ。

コロナ禍において、私たちは自分の環境をちょっと変えてワークスペースをつくった。筆者の大学の研究室では毎週のゼミの資料をクラウドに保存する習慣が定着し、誰もプリンターを使わなくなった。企業の経営者たちは、職場の生産性をあげるためにデジタル技術を使ったさまざまな取り組みを試行錯誤した。DXは大きな権力に引っ張られる変化ではなく、誰もがイニシアティブをとれる変化である。あちこちで、それぞれの人々がデジタル技術の助けを得て小さな試みを積み上げて自分達の環境を改善し、その積分が社会全体をじっくりと変えていく。それがDXであり、コロナ禍の後も、社会のあちこちでじっくりとした変化が続いているのである。

この記事では、このDXが「まちづくり」の分野でどう取り組まれているのか、筆者の経験を紹介しその可能性を考えていきたい。まちづくりという言葉の意味は広く、都市計画や都市整備にかかわる合意形成から、計画の作成、空間の整備、そして整備後のマネジメントまでを指し、DXという言葉はその全てにかかってくる。この記事では、そのうちの合意形成の質をあげるためのDXについて取り上げる。

2013年ごろの合意形成の様子。模型を使ったアナログのコミュニケーションが行われている。こういったコミュニケーションの質をデジタル技術でどう上げていくかが問われている。(筆者提供)

まちづくりに関わる合意形成のために、デジタル技術で市民の情報処理能力を向上させる

まず前提としなければならないのは、まちづくりに関わる合意形成の場がとても増えているということだ。20年前の地方分権によって小さな都市にも都市計画審議会が設置されるようになったし、公共施設がつくられるときに、建築家が市民を集めてワークショップを開催するということも当たり前になってきた。しかし、それに対して「まだまだ」と多くの人が考えていることも間違いない。多くの人が考える合意形成の場の必要数に対して、地方分権前の合意形成の場の数は1%にも満たなかっただろうし、その後20年で10%くらいには増えたのかもしれないが、まだまだギャップはある。少しでも100%に近づけるにはどうしたらよいか。

解決策の一つは、デジタル技術を駆使して参加者である市民の情報処理能力を向上させることだ。今や質問をすればそれらしい答えをAIが返してくれる時代になったが、あくまでも最後に「合意」をするのは私たち市民である。
だから、まずは得られた情報を二倍速で合意形成の場に情報を流し込んでみる、次は恐る恐る四倍速にしてみる、人々の反応をみながら三倍速に戻してみる。という具合に、漸進的に実験的に取り組んでみたらどうなるだろうか。実際に、東京郊外で計画されている都市開発プロジェクトにおいて、半年ほどかけてそんな実験にチャレンジしてみた。

地方自治体が溜め込んだ膨大な量のデータを使うチャンスが出てきた

プロジェクトPLATEAUは国土交通省が主導する3D都市モデルの利活用プロジェクトである。地方自治体が5年毎に行っている都市計画基礎調査のデータを使いやすい3Dの都市データに加工して公開するもので、民間(真っ先に食いついたのは、ゲーム業界だったという)や公共が現場で実験的に使ってみるユースケース開発が行われている。
都市計画基礎調査のデータは都市計画の立案や許認可以外にはあまり使われることがなく、やや勿体ない状況にあったが、プロジェクトPLATEAUが採用されたことで、データの使い道ができた。

2022年には、MR(Mixed Reality)技術を開発する株式会社ホロラボと筆者の研究室が協力して、東京郊外の八王子市において、プロジェクトPLATEAUを使った大規模な公共施設跡地の開発の構想づくりに取り組んだ。

対象となったのは、八王子市の工業地域にあるゴミ処理工場、下水処理場、屎尿処理工場等の跡地、約17haの再開発である。老朽化と合理化によってこれらの施設が廃止されることになり、八王子市は2020年より再開発構想を検討していた。市は2022年に開発の基本構想を検討していたが、その検討と並行して、ホロラボと大学で市民が参加するワークショップを立ち上げ、3D都市モデルを使って整備をイメージしていくことにしたのだ(より詳細を知りたい方は、こちらをごらんいただきたい)。

ともに考えようにも、市民には東京ドーム4個分の使い方をイメージすることが難しい

人口減少時代に入って、かつてのニュータウン開発のような大規模開発は都心の再開発事業を除いて、すっかりなくなってしまった。その中で、このプロジェクトは珍しく大規模なものであり、都市構造を変えてしまうようなインパクトを持ちうる。

しかしその一方で、町外れの土地で市民の馴染みがなく、公共用地であるためにステークホルダーも少ない。つまり、この場所を我が事として考えられる市民がほとんどいない状況だった。さらに近所の公園くらいの土地であれば想像力もはたらくが、東京ドーム4個分、17haという広大さを相手にすると、開発のイメージを描くことも難しい。公害が多発した都市成長期のように深刻な都市問題があるわけではなく、災害が起きた後のように切実に必要なものがあるわけではなかった。そこに惰性のようにタワーマンションやショッピングモールをつくることは可能だが、それは本当に必要なものではないかもしれない。「ほしいものが、ほしいわ。」は、1988年の西武百貨店のコピーであるが、それから30年後の現在も同じ状況だったのである。

どのように土地に対するイメージをかきたて、開発のビジョンをつくっていくか、多くの市民からいかに豊かなイメージを引き出し、ビジョンを組み立てていくか、そこに3D都市モデルと、MR技術を使ってみようと考えたのである。

開発する土地の様子を具体的にイメージできるよう、MR技術を駆使

現地においてQRコードを読み取ってCGを視聴している様子
現地においてQRコードを読み取ってCGを視聴している様子。写真には写っていないが、参加者はHoloLensやiPadを通じて地下に埋設された水道管のCGを見ている。(筆者提供)

では、具体的にどのようなワークショップを開催したのかを見ていこう。各種のメディアで公募したところ、まちづくりやPLATEAU、MR技術に興味を持つ40名ほどの市民が集まり、対面とオンラインを並行させたワークショップを開催することができた。単発ではない、連続したワークショップである。ワークショップは大きく4つのステップに分けて行ったので、順を追って説明していく。

最初のステップでは、まちづくりの現状とMR技術を説明した。対象敷地の歴史や地域課題を説明したのちに、MR技術の体験会を行った。MRは視覚の全てを使って仮想の空間体験をするVR(Virtual-Reality=仮想現実)とは異なり、ポケモンGOのように視界の一部に仮想のデータを重ねるAR(Augmented Reality=拡張現実)とも異なる。現実空間と仮想世界を融合させて見せるMixed-Reality=複合現実であり、建物のCGを敷地で確認をする時などに使われる。体験会ではHMD(頭に被るタイプのディスプレイを持つPC)の一つであるMicrosoft HoloLensと、タブレットPCの一つであるApple社のiPadのどちらかを使ってMRを体験した。新しい技術は楽しいものであるので、参加者が驚きの声をあげながらMR技術を体験し、それを通じて参加者同士、スタッフ、市の職員とのコミュニケーションが生まれていたことが印象的であった。

2番目のステップは、敷地を調べ、課題を共有するワークショップである。先述の通り敷地は市民にとって馴染みの薄い場所であったため、敷地を歩き回って課題を発見し、それを参加者で共有することからまちづくりの検討を始めることにした。
行政の側も手持ちの情報をしっかりと伝えないといけないため、通常は部屋の中で事前のレクチャーを行った上で、資料と地図を抱えて敷地を調査し、戻ってきてその成果を共有するというワークショップが行われる。しかしそれではインプットできる情報の質と量が十分でなく、アウトプットも不十分になりがちだ。

そこでインプットの工夫として、事前に行政職員が敷地について説明をするボリュメトリックビデオ(3Dビデオ)や、敷地の現状を解説するCGを作成し、敷地内の各所にその映像を配し、そこを訪れた参加者がHoloLensやiPadを通じて映像をその場所に重ねて視聴できるようにした。

アウトプットの工夫としては、現地でiPadを使って参加者が短い動画を撮影し、それを地図データの上にアップロードできるアプリケーションを開発。参加者が感じたことを一つの地図の上にすぐに共有できるようにした。Googleマップを参加者が共同でつくりあげていくようなアプリケーションとイメージしてもらえればよいが、このワークショップではPLATEAUデータを使ったHolomapsというアプリケーションを開発した。

地図をHolomapsに重ねて都市の課題を議論し、敷地の整備の方針を明文化していく

3番目のステップは、都市の課題を共有し、敷地の整備の方針を考えるワークショップである。ここまでのステップで、参加者の問題意識に基づいた敷地の情報を集めることができていた。このワークショップでは、そこに都市についての情報をぶつけて、参加者の問題意識を育て、敷地の整備の方針を考えることにした。

都市についての情報は溢れかえっている。例えば半世紀前には国勢調査のデータを一般の人が見たり、分析したりすることは難しかったが、今はe-statで誰もが入手することができ、手元のPCにダウンロードして分析することができる。しかし一度e-statを覗いてみるとわかるが、そこでは途方もない量のデータが公開されており、初めての人は、何を見ればよいのか途方にくれてしまう。問題はデータが公開されているかどうかではなく、どういうデータを選び、それをどう組み合わせて、自分が必要な情報をつくりだすのか、というデータの編集力にある。

そこでこのワークショップでは、公開されているデータを使った100枚以上の地図を事前に作成し、そこから参加者が選んだ地図をHolomapsに重ね合わせて都市の課題を議論し、敷地の整備の方針を明文化していく、というワークショップを開催した。いわば、情報を共同で編集し、編集を通じて問題意識を育てるというワークショップである。

参加者はテーマごとに4つのテーブルに分かれ、スクリーンの上で様々な地図を重ね合わせ、議論を行う。交わされた議論は付箋紙によって記録され、それが積み重なって、当初は曖昧だった敷地の整備の方針が、徐々に明確な言葉になっていった。例えばあるテーブルでは、対象地が工業地であることの特徴を生かして「ほかの産業とコラボして新しいものを作りたい!」という方針がまとめられ、水環境について議論したテーブルからは「山田川でウォーキングや自転車利用を促進し健康になれる北野にしたい」という方針がまとめられた。

Holomaps上で地図を重ねて議論�している様子
Holomaps上で地図を重ねて議論している様子。机上には模造紙が広げられ、付箋紙を用いて議論がまとめられている。こういったデジタルとアナログのバランスもデザインしていった。(筆者提供)

MR技術を用いて「手を動かして考える」

4番目のステップでは、3番目までのステップで得られた敷地の整備の方針をもとに、その方針を実現化する空間のイメージを検討するワークショップを開催した。言葉で考えてきたことを、実際の空間に落とし込んで考えてみるという、ワークショップの醍醐味ともいえる回であった。

空間を検討する時に、模型を使うワークショップが開催されることは多くある。完成された綺麗な模型ではなく、ダーティプロトタイプとも呼ばれるラフな模型を参加者が一緒につくりあげていくワークショップである。手を動かして考えることによって意図しない造形が生まれることもあるし、そのことによって頭が活性化し、考えが深まっていくこともある。空間のイメージの検討のために、没入型のVRが使われることもあるが、その場合はどうしても手の動きが疎かになる。マウスやグローブは使われるが、どうしても「手で考える」というよりは、「手で指示する」という動きになってしまう。このワークショップでは、MR技術を用いて「手を動かして考えること」を試行した。

具体的に行ったことは、机上に展開された敷地の3D都市モデルの上に、様々な建物や施設の3D都市モデルを参加者が重ね合わせるというワークショップである。あらかじめ「タワーマンション」「船着場」「スケボーパーク」といった50種類の建物や施設の3D都市モデルデータを準備し、それぞれを葉書大のカードに対応させておく。カードをHoloLensやiPadに認識させると、対応する3D都市モデルが出現し、参加者はそのカードを動かすことで3D都市モデルの位置を調整することができる。そして複数の参加者の3D都市モデルを組み合わせることで、空間イメージを検討する。それぞれのカードにはコメントを入力することができ、3D都市モデルを巡って交わされた意見が記録される。

一通り3D都市モデルを組みあわせたあとは、「タンジブルツール」と呼ばれる、積み木やレゴブロックなどをさらに組み合わせて、空間のイメージを補強していく。机上で、バーチャルな3D都市モデルと、リアルなタンジブルツールを組み合わせる、というまさにMRの特徴を活かしたワークショップである。

参加者は手持ちのカードを出し、手で動かすことで空間のイメージを考えた。そしてタンジブルツールを使ってさらに手を動かし、一つのイメージをつくりあげていった。こうしてつくられた空間のイメージは、デコボコとした手触りをもつ、様々な空間が立体コラージュのごとく組み合わされたものであったが、参加者の問題意識がよく反映された豊かなイメージとなった。

机上で3D都市モデルを組み合わせて議論している様子
机上で3D都市モデルを組み合わせて議論している様子。記録されたコメントが3D都市モデルの上に表示されている。(筆者提供)

ここまで、現在の情報技術を使って市民とともにまちづくりを行っていくための方法の具体例を示した。続く次稿では、データの活用とテクノロジーがまちにもたらす影響を改めて整理したい。

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