今井明子

今井明子

NASAがとらえた巨大なハリケーンの目。

(写真:Elena11 / shutterstock

過去の気象解析データで山岳事故をなくせ。伊勢湾台風レベルの台風がやってきたとき、我々はどうすべきか

山岳防災気象予報士の大矢康裕氏が、JRA-55(気象庁55年長期再解析)にある過去の気象データを使い、過去の山岳遭難事故の起こったときの気象条件や遭難の原因、将来の遭難リスクに迫る連載。今回は1959年9月26日に日本に上陸し、過去に類を見ないほどの犠牲者を出した伊勢湾台風が、山ではどれほどの猛威を振るったのかについて語ってもらった。聞き手は、気象予報士の資格を持つサイエンスライターの今井明子氏だ。

Updated by Akiko Imai on September, 12, 2022, 5:00 am JST

今井明子(以下、今井):今はまさに台風シーズンということで、過去最悪の被害を出した伊勢湾台風についてのお話を伺います。まずは、この台風はどれくらいの勢力で犠牲者がどのくらい出たのかなどの概要を教えていただきたいです。

大矢康裕(以下、大矢):伊勢湾台風といえば、知らない人はいないくらい有名な台風ですよね。この台風が日本を襲ったのは、私が生まれる少し前の1959年のことです。実際にどのような被害をもたらした台風だったかは、正確に知らない人も多いんじゃないでしょうか。

伊勢湾台風は中心気圧という観点からすると、明治以降の台風の中で4番目の低さになるんですね。最も強かった台風は、1934年に四国の室戸岬に上陸した室戸台風です。その次が1945年に九州の枕崎を襲った枕崎台風。3番目が1961年の第2室戸台風で、伊勢湾台風はその次の4番目なんです。伊勢湾台風が上陸したときは中心気圧が929hPaになっているので、かなり低かったといえます。最近災害をもたらした台風といえば、2019年に千曲川を氾濫させて北陸新幹線が浸水してしまった令和元年東日本台風が印象に残っている人が多いと思います。しかし、この台風でさえ上陸時の中心気圧は950hPa程度だったので、それに比べても気圧の低い強い台風でした。

一応補足しておくと、台風の強さというのは本来は中心気圧ではなく、中心付近の最大風速で語られるものです。ただ、そうはいっても中心気圧が低いと、「強い台風なんだな」とイメージしやすいのではないかと思います。ですから、あえて中心気圧という切り口でお話ししています。

少し話は脱線しましたが、伊勢湾台風が今なお語り継がれている理由は、台風の災害による犠牲者の数がものすごく多く、明治以降で一番多い台風だったからです。約5,000人の方が亡くなったり行方不明になったりしています。

今井:5,000人といえば、阪神・淡路大震災レベルですよね。

大矢:はい。けた違いの多さですよね。この台風での犠牲者の8割以上が、愛知県と三重県のふたつの県に集中しています。その一方で、この台風は広島県から北海道まで、全国の広い範囲で犠牲者が出たのも特徴的でした。

今井:伊勢湾台風は高潮がすさまじかったと聞いています。高潮というのは、台風や低気圧などに伴って潮位が上がる現象のことをいいます。シーツの上で掃除機をかけるとシーツが掃除機に吸い込まれて持ち上げられますが、気圧が低いと同じ仕組みで海水が吸い上げられるので、潮位が上昇します(吸い上げ効果)。また、強い風が沖から岸に向かって吹くと海水が岸に吹き寄せられるため、やはり潮位が上がるんですね(吹き寄せ効果)。この「吸い上げ効果」と「吹き寄せ効果」が高まる時間と満潮時刻が重なると、堤防を越えて海水が浸水し、大きな被害が出ることがあります。

大矢:伊勢湾台風に伴って発生した高潮は東京湾の海面を基準とすると、3.9m程度だったのですが、名古屋港を基準とすると5.8mでした。当時の堤防の高さが4.5~4.8mだったので、それよりも1mほど高い高潮が押し寄せたということになります。しかも、当時は港のほうに木材置き場がたくさんあり、これが被害を大きくしました。木材置き場の木材が高潮に流されて、家を壊してしまったんです。

高潮が発生したのが夜だったのも、犠牲者を増やした大きな原因となりました。当時は小型のトランジスタラジオがさほど普及しておらず、リアルタイムで気象情報が聞けなくて、多くの人が逃げ遅れたのだと思います。伊勢湾台風の被害はほとんどが高潮によるものでしたが、風もとても強かったです。その風が実際に山ではどれくらいの強さだったのかを今回お話ししたいと思います。

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出典:伊勢湾台風災害誌(名古屋市)

今井:ぜひお伺いしたいです。

大矢:はい。伊勢湾台風は1959年に発生したものなので、当時の被害状況の記録は残っているのですが、気象データは地上だけしか残っておらず、山のデータは残っていません。それをJRA-55(気象庁55年長期再解析)で解析してみました。まずは次の図で示す地上の天気図を見てみましょう。白っぽい背景は水蒸気量を示していて、雲に対応しています。矢羽根が風向・風速ですね。

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出典:1959年9月25日の地上の等圧線・風・可降水量(JRA-55データを使って大矢氏が作成)

台風の風速25m/s以上の範囲を暴風域といいます。当時の記録からすると、東の方は400km、西の方が300kmで合計すると直径700km圏内が暴風域に入ります。これは広島~東京間の距離です。「超大型で猛烈な台風」といえます。

今井:強さと大きさの両方で台風の最高ランクの形容詞がついていますね。

大矢:そうですね。これは令和元年東日本台風よりもひと回り大きいです。

今井:ここでなぜ台風の右が400km、左が300kmと左右で大きさが違うのかを私のほうから補足しますね。台風の進行方向に向かって右側は「危険半円」と呼ばれ、進行方向に向かって左側は「可航半円」と呼ばれていて、風は右半分が強くなるんですね。だから伊勢湾台風の場合は、東側のほうが暴風が吹いている範囲が広くなるんです。

大矢:台風は反時計回りに風が吹いています。進行方向から向かって右側は、台風自体が進むときの風と台風自体の風向が同じなので、風が強まります。これは槍投げの競技で走りながら槍を投げると遠くまで槍が飛ぶのと同じ原理です。そして左半分は、台風自体の風向と台風自体が進むときの風向が反対になり、風が打ち消し合うので、風速が落ちるんです。

今井:ちなみに、「可航半円」というのは「船が航海できますよ」という意味です。

大矢:とはいえ、現実問題として可航半円の中にいても油断は大敵です。台風が通過した後に再び強い風が吹く、「吹き返しの風」が吹く可能性もありますからね。

さて、この伊勢湾台風では山岳での気象データは残ってはいないものの、被害の記録は残っています。たとえば、和歌山県と三重県の県境にある大台ヶ原山。ここは百名山のひとつですが、近隣にある三重県尾鷲市と同じで、雨が多い場所として知られており、かつてはうっそうとした森で覆われていました。しかし、そこの山頂付近の木が伊勢湾台風の暴風によって全部倒れてしまったんです。それで今は見晴らしがすっかりよくなってしまったんですね。

今井:私もここは目にしたことがあります。枯れ木が立ち並び、異様な風景でした。あそこは昔は森だったんですか。今なお台風の爪痕が残されているんですね。

大矢:驚きですよね。ほかには、埼玉県と山梨県の間に、雁坂峠という峠があるんですが、ここも伊勢湾台風の暴風で原生林が皆倒れてしまい、峠道が通れなくなってしまったので、峠道を付け替えたという話も残っています。

今井:結局倒木をどかせなかったんですね。

大矢:そしてもうひとつ、風の被害ではないのですが、八ヶ岳の赤岳鉱泉では、伊勢湾台風の大雨によって鉄砲水が発生して小屋が流されたそうです。それで、もっと安全なところに建て替えました。さらに、北アルプスでは当時建設中で完成間近だった水晶小屋という山小屋が、伊勢湾台風の暴風で跡形もなく吹っ飛んだそうです。その小屋は前にも台風が直撃して、そのときは40m/sほどの風が吹いたのにびくともしませんでした。ですから、伊勢湾台風では70m/sくらいの風が吹いたのではないかと推測されています。

今井:70m/s!? 竜巻レベルですね。

大矢:当時本当に70m/sの風が吹いていたのか。それを解析したのが下の図です。こちらは700hPaの天気図です。標高3,000m程度の場所で風速がどうだったかを再現しました。

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700hPaの風速(JRA-55のデータを使って大矢氏が解析)

これは9月26日の21時頃ですから、台風の中心が三重県・滋賀県の県境付近にあるときのものです。台風の進行方向は北北東ですが、進行方向に向かって右側に風がものすごく強いところがあります。その一方で中心から進行方向に向かって左側は風が弱いのが一目瞭然です。まさに先ほど話題に出た、危険半円と可航半円です。

で、この北アルプスから南アルプスのあたりは大体44~52m/s程度の風が吹いています。これは平均風速ですから、最大瞬間風速はその1.5倍の強さだった可能性も十分に考えられます。そうすると、地元の人による「70m/sほどの風が吹いた」という言い伝えは十分に有り得た話だと思います。なお、地上で観測された平均風速で最も早かったのは、渥美半島の先端にある伊良湖岬の45.4m/sが最大です。伊良湖岬は周囲のほとんどを海で囲まれていますが、海もやっぱり風が強いんですよ。陸地はでこぼこしていて摩擦が大きいのですが、海は陸地よりも平らで摩擦が小さいですからね。で、上の図で示した解析結果を見ると、やっぱり山のほうが地上に比べると平均的に風速が強いということがわかります。

今井:なるほど。天気予報では最大風速はこれくらいになりそうだといいますが、その風速は地上の話なので、山に登ろうとするときは、そんなものではないと考えておかなければいけないわけですね。

大矢:そうですね。気象情報で「海上では非常に強い風が吹く」というフレーズを聞いたら、山に登る人は「山も危ないな」と思わないといけないということですね。さて、次にちょうど伊勢湾台風の危険半円に入っていた富士山のところで、標高ごとに1,000m、2,000m、3,000mの高さで時系列でどのぐらいの風が吹いたかという解析をしました。これが次の図です。

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富士山付近での風速の時推移(JRA-55を使って大矢氏が作成)

大矢:これを見ると、確かに標高が上がれば上がるほど風が強いことがわかります。もうひとつ着目すべきなのは、26日の9時ぐらいから急に風が強まるということです。つまり、台風が近づくと急に風が強まり、通過すると急激に風が弱まる。これが台風の特性なんですね。台風は接近する直前まではそれほど風が強くないのに、近くに来ると途端に風が強くなるということをよく覚えておかないといけません。これは山に限らず、地上でもそうです。

で、この富士山の図を見ると、3,000mのところで50m/s程度の風が吹いていたこともわかります。大台ヶ原山は標高1,695mですが、同じ時刻に50m/sを超える風が吹いてきたことも解析でわかります。40m/s以上の風が吹くと、木がバタバタ倒れ出します。だから、大台ケ原山の木々が倒れてもおかしくないわけです。

では、今度は高層断面図も見てみましょう。断面を見た方が、台風の構造はよくわかると思います。

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1959年9月26日の伊勢湾台風の中心を通る北緯35度の風速の高度断面図(JRA-55を使って大矢氏が作成)

この図の真ん中の真っ黒に見えるところは急激に風が弱まっていることを示します。つまり、ここに台風の中心、いわゆる「目」があります。そして図の縦軸は標高、横軸が経度です。中心から右側に風が強いところがあって、高度5,000m付近の風が一番強いことがわかります。

右側が危険半円で風が強く、左側が可航半円で弱いこともわかりますし、山のほうは強い風が吹いてたことが一目瞭然ですね。だから、こんな状況で山の中にいたら駄目なんです。

今井:こういった台風が来たときに私達はどうすればいいんでしょうかね。

大矢:台風が近づいているときは強い風が吹く前に山を降りて、麓まで行かないといけないですね。これは麓でも同じで、強い風が吹く前に、家の周りのものを家の中にしまって、雨戸をちゃんと閉めて備える必要があります。

今井:風が強くなってから外に出ると、一番風が強いときに外で作業することになるかもしれませんしね。

大矢:いや、そもそも危ないです。いろんなものが飛んできますから。看板も飛んでくるので、怪我しますよ。

今井:そうでした。京都大学防災研究所の動画でも見たことがありましたよ。50 m/sで傘を飛ばすと、窓ガラスにブッ刺さるんですよね。

大矢:やはり大きな台風が来たら、もう外には行けません。麓でも木造の古い建物は飛ばされるなどの被害を受ける可能性があるので、たとえば小学校のような頑丈な建物に早めに避難する必要があります。伊勢湾台風並みの風だと、山小屋でも危ないです。山の上にいたら1日で降りることができないので、早めに情報をキャッチして、台風が近づく前に安全な場所に降りてきて、そこで備える。これが最も大切です。

今井:山登りは、何か月も前から計画していることが多いです。でも、台風が発生するかどうかはせいぜい1週間ほど前にならないとわからないから、台風が来たからといって中止するのは結構勇気がいると思います。そうは言っても、やっぱり安全には代えられないということですよね。

大矢:そうです。もう諦めた方がいいです。特に強い台風が来たらもう命に代えられないと思った方がいいですね。私も昔は学生時代や会社の合宿などで、10日間ほど山にこもりっぱなしということがありました。そういうときは、ちゃんと毎日ラジオの気象通報を聞いて、そこから天気図を書いて気象情報をこまめにキャッチしていたものです。しかし、山に登る1週間前に週間予報を見て、山に入ってからはすっかり安心してしまって、気象情報を入手しない人も中にはいます。気象情報は日々予想が変わっていくことがよくあるので、3日前に大丈夫でも、当日に大丈夫になるとは限りません。ちゃんと毎日気象情報を入手して備えてほしいと思います。これは山に限らず、レジャーはすべてそうですね。山には救急車はすぐに来てくれませんから、石橋を叩いて渡る用心深さが必要だと思います。

今井:今はコロナ禍でただでさえ救急搬送されにくいご時世ですから、なるべく事故は起こしたくないですよね。中止する勇気は大切です。大矢さん、ありがとうございました。

大矢康裕

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大矢康裕:気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属して山岳防災活動を実施している。

気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属して山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
2021年9月までの2年間、岐阜大学大学院工学研究科の研究生。その後も岐阜大学の吉野純教授と共同で、台風や山岳気象の研究も行っている。
2017年には日本気象予報士会の石井賞、2021年には木村賞を受賞。
著書に『山岳気象遭難の真実 過去と未来を繋いで遭難事故をなくす』(山と溪谷社 2021年)
 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室

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