山﨑広子

山﨑広子

ベトナムの田舎の風景。農道を家族と水牛がゆく。2000年代撮影。

(写真:佐藤秀明

感情は喉の奥で増幅し、声となって顕れる

音声や動画によるコンテンツが急速に広まってきた昨今、声の質に対する知見を深めておいて損はない。「日本人女性の声は、なぜ世界一高いのか」に引き続き、2022年5月17日に開催した「声の力を再発見するオンラインイベント」の模様を一部紹介する。

Updated by Hiroko Yamazaki on August, 5, 2022, 5:00 am JST

感情は声が増幅するときに見える

―― イベントが始まる前に「感情は高い声に乗る」とおっしゃっていましたが、これはどういう意味ですか?

山﨑 感情というか、相手に対して「こうしよう、ああしよう」と考えていると、高い周波数がたくさん出るようになって、だんだん声がうわずってきてしまうことがあるんです。

人間の声って、ひとつの音ではないんですよ。まず、「基本周波数」というものがあります。例えば声帯が1秒間に260回の振動をしたとしたら、それは260Hzという基本周波数だということになります。260Hzは、ピアノ88鍵盤のドレミファソラシドというときの真ん中のドくらいですね。声帯が260回前後の振動をしたときに、私たちの耳には「ド」という音程で聞こえているわけです。でもじつは「ド」と声にした時点で、ドよりも上の周波数がたくさん含まれます。このドという声帯原音だけだったら、ブーッというブザーのような小さな音なんですね。声帯の上に咽頭という空間がありますが、そこでこの原音が反射し、増幅して、共鳴することによって、さまざまな倍音、さまざまな周波数の音が含まれる。それがその人の個性ある声になっているんです。

その周波数のあるところが出ると、その声は明るい声だなと感じる場合がある。あるいは、あるところが強く出てしまうと、すごく感情的だなと感じられる。同じドの音でもその上の周波数の出方によって、その感覚が違って聞こえてしまう、ということが起こります。

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ワシントン広場のピアノ弾き。流れる旋律に人々が耳を傾けた。1980年代撮影。

―― 今、2つの疑問が湧きました。それはコントロールできるんですか、ということと、それをコントロールすることは作り声を出すことだから、結局、相手にはいい印象を与えないのではないかということです。

山﨑 まず、ある程度ならコントロールすることはできます。自分の声を聞きながらしゃべるなどのトレーニングをすれば、声帯に作用する喉頭筋や共鳴空間の使い方がわかって、コントロールできるようになるんです。

それから、コントロールされた声がいい印象を与えないかもしれないという疑問ですが、これは本当に難しい。そもそも感情が高ぶった声を聞いたからって、必ずしも不快になるとは限らないんですよね。常に感情を抑えて、一本調子で「だから、さっきそういうふうに言いましたよね、わたし」というよりも、むしろ「だからぁ、そう言ったじゃん、なんでわかんないの!」って言われたほうが気持ちが伝わってスカッとすることもあります。

それにそもそも、ここから作り声ですよ、ここからは本物の声ですよ、と決められないところがあるんです、声というのは。そこを判断していくのは、自分の脳だけですね。

―― できるだけ自然な声に近づける、というのが一番相手にとっても心地よく伝わりやすい声になっていく、ということですか。

山﨑 そうです。何かで感極まったときにも、平常のときと変わらない声だったらなんだか変ですよね。すごく嬉しいときって、別に作り声をするわけじゃなくたって、甲高い声で「うわぁ、嬉しい」とか言いますよね。じゃあこれは作り声なのかといったら、そうとも言えないわけじゃないですか。だから、感情がまったく乗らない声というのは、それはそれで気持ちが悪い。感情が乗ってこその人間の声であり、人間の声の素晴らしさなんですね。

私たちの声は脳がつくりだしている

―― 今回、寄せられた質問に多かったのが「伝わる声になるにはどうすればいいですか」という内容です。その解は、自分の本来の声、自然に出せる声に近づけていくということでいいのでしょうか。

山﨑 そうですね、まず一つは、出していて自分が苦しくない声、ということです。もう一つは、それを録音して聞いたときに、自分がイヤな気持ちにならない声。

―― 大体の人は録音した声を聞いて、「これは私の声じゃない」ってなりますよ。

山﨑 そうですよね。“違和感”が大きいんです。録音した声というのは空気伝導だけのものなんです。空気を伝ってきただけの音ですね。だけど、自分がしゃべりながら聞いている声っていうのは、自分の頭の中から聞こえてきませんか?

―― そうですね。

山﨑 これは頭蓋とか、あとは筋肉もある程度伝わりますけれども、顔の骨格とか、主に骨を通って聞こえる「骨伝導音」というものなんです。骨を伝わってくる音。私たちがしゃべりながら聞いている自分の声は、自分の口から出て外耳から入ってくる空気伝導の音と、自分の内部から骨などを伝わっている音と、両方合わせたものを聞いているわけです。

骨伝導のほうは、低い周波数を比較的よく通します。けれど空気伝導だと、この骨伝導で拾っている低い周波数が聞こえないので、「なんだか薄っぺらいな」と感じてしまうんです。

だから、録音した声に違和感があるのは当たり前。最初はその違和感に慣れる、ということが大事です。

―― そこから自分の声をどうやって見つけていくのですか?

山﨑 録音した音を聞きながら判断していくしかないんです。その判断軸は、無意識のところが持っています。人間が意識して使っている脳の部分なんて、大して多くないんですね。ほとんどは生命活動を司るなど、意識外のところで使われている。そのなかには、過去に聞いた声のデータベースを蓄積している部分もあります。そこで自分が今までに聞いてきた声や音、それから自分が出してきた声がどのように環境音の中で響き、人にどう受け止められたかというフィードバックが常に行われ、価値観みたいなものを脳が勝手に練って作っていって、それによって現在の声が出されているのです。

私の声帯はこういう長さでこういう格好だから、この声しか出ません、じゃないんです。声帯なんて、皆さん、同じような声が出ているんです。声じゃなくて音、ブーッという声帯原音ですね。その音を声に変えるのは声帯よりも上の共鳴空間で、そこをどう使うかということが大事なんです。

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タイのプーケット。目の覚めるような碧の海を船が横切っていく。

私は今、現に声を出していますけれども、これをいちいち考えて、じゃ、こうやって声帯から出てきた音を下咽頭でまずいったん響かせて、で、中咽頭で3回往復させて、ここで強めに反射させて……、なんてやっているわけないですね。そんなことはできません。声は瞬間的に作り出されてくるものです。これは赤ちゃんのときからの無意識の脳の努力によって、脳がそれぞれの声を作り出しているんです。これはもう見事な脳の神経回路の働きです。例えば、長いフレーズをしゃべるのに、ブワッと一気に声が出ちゃったら、スムーズに話せませんよね。人が声を使えるようになったことは、人間が呼吸のコントロールができるようになったこと、それを脳が無意識の範囲で司れるようになったことなどが大きく影響しています。

―― 無意識に脳が今の声を選んでいると?

山﨑 そうです。選んでいるんです。まるで自販機みたいに。その人の価値観とか、ためてきた今までの行動――これに合わせなきゃ、とか、あるいはこれには合わせたくない、私はこういうふうに生きるんだ、私はこういうふうに生きたくない、人にこう言われた、ああ言われたなど、そういうことを全部フィードバックして、声のテンプレートみたいなものが脳でたくさんできあがっているんです。その中で一番よく使うものが、喋ろうと思った瞬間にコロンと出てくるわけです。神経回路のテンプレートができていて、それによってこういう声とか、ああいう声とかが出てくる。

だからよく「自分の一番楽な声って、ふだん使っている声ですよね?」という方がいらっしゃるのですが、もしその方が普段からとても無理した発声をしているとしたら……。だけど、その人はその声をいつも使っているから、自販機の手前にいつもその声があるんです。だから、努力をしなくても、しゃべろうと思うとその声が出てきちゃう。その声は体や心にいろいろ無理をさせている声なんだけど、その人にとって一番出やすいところ、自販機の手前に置いてあるものだからまず出てきちゃうんですね。だから、これが一番楽な声と思っている方がいらっしゃる。実はそうじゃないんです。

―― せめて、自分が楽に声を出して、それが相手にも心地よい声を出せるという工夫があるとしたら、姿勢くらいでしょうか。

山﨑 そうですね、姿勢も大きいんですけども、工夫ということで言うと、基本的に声というものはどうやって出るのかということを知ることによって、ちょっとわかることもあるんですね。

例えば、声帯の間を「声門」といい、そこは呼吸時には開き、発声するときには閉じるのですが、ここが強く閉まると強い声が出るんです。だから、そこを緩めて柔らかい声にしたほうが相手に優しいイメージを伝えるだろうとか、それぐらいのことは誰にでもできることです。そのあたりから調整していくと、自分の出したい声に近づいていくことができるのではないかなと思います。

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