暮沢剛巳

暮沢剛巳

(写真:Oleg GawriloFF / shutterstock

「博物館浴」に「博物館処方箋」。健康や福祉にも活用される博物館

博物館が様変わりしてきている。従来の収集・展示という役割を担うだけでなく、人々が身体的、精神的、社会的に良好な状態となるようなサービスを始めているのだ。このような取り組みについて背景とともに紹介する。

Updated by Takemi Kuresawa on July, 10, 2023, 5:00 am JST

怒り、抑うつ、緊張を示す数値を下げる「博物館浴」

では、持続可能性と「ウェルビーイング」を実現するために、各館はいかなる取り組みを行っているのか。いくつか事例を挙げておこう。

最初に取り上げたいのが「博物館浴」である。博物館浴とは聞きなれない言葉だが、これは多くの作品が設置されている博物館の空間を逍遥することによって、入浴や森林浴に似た癒しやストレス解消の効果を得られることを例えたものである。もちろん、博物館の展示を見て回ることによって、血流がよくなるとかマイナスイオンの効能があるといったことはまだ科学的、医学的に立証されていないため、博物館浴と言っても現状では仮説の域を出ない。だがNHKニュース(2023年6月11日)の報道によると、九州産業大学美術館(福岡)や美濃加茂市民ミュージアム(岐阜)など、いくつかの博物館では展示鑑賞の前後に血圧や心拍数などの生理測定と、心理テストによる心理測定を行うことによって、博物館浴の効果を立証するデータの採取を進めており、今までの数回の実験によって、怒り、抑うつ、緊張など、ネガティブな状況を示す数値が下がる一方で、ポジティブな「活気」の数値が上昇するなどの効果が確認されたという。展示のテーマや出品作品の傾向、あるいは観客の年代、性別、時間帯等によってどのような差異が生じるのか、今後より多くの館でさらなるデータの蓄積と詳細な分析が進めば、博物館浴という言葉も大いに現実味を帯びてくるに違いない。

パーキンソン病患者へ向けて開発された「ダンス・ウェル」

次いで取り上げたいのが「ダンス・ウェル」についてである。ダンス・ウェルとはイタリアのCSC現代演劇センターで開発された、パーキンソン病の患者を対象としたダンスプログラムである。パーキンソン病は動作に様々な障害の生じる疾病なので、全身を動かすダンスには確かにその対策として一定の効果を期待できるだろう。とはいえ、ダンス・ウェルは決して対象の限定された芸術療法ではなく、年齢・性別等を問わない芸術活動の一種であり、日本でも金沢のNPOなどによって導入が進められていた。2019年からダンス・ウェルへの取り組みを開始した東京都美術館では、これをパーキンソン病の患者に限らず、様々な観客が楽しめるプログラムへと拡張し、同年に開催された展覧会「美をつむぐ源氏物語-めぐり逢ひける えには深しな―」でのダンス・ウェル実施に当たっては、からだ全体を使って源氏物語の彩り豊かな世界を表現することを意図したという。博物館は教育施設でもあることから、以前からワークショップは各館で盛んに行われているが、ダンス・ウェルは健康や自己実現というダンスの持つ機能をさらに推し進めたワークショップの一環と言えるだろうか。それを美術館本来の役割である美術作品の展示とどのように関連づけられるのかも気になるところだ。これまた詳細なデータの採取が望まれる。