不在のデータに着目したからこそ、鈴木梅太郎は世界ではじめてビタミンを発見できた
世界的に古くから知られる脚気は、神経障害や浮腫(むくみ)を特徴とする疾患で、重篤な場合は心不全から死に至ることもある。わが国においては平安時代の天皇家や公家、江戸時代の武士や町人によく見られるのに対して、農民や下層民は脚気にならないことから白米食との関連があるのでは、と疑われることもあった。だが当時の常識的な思考では何か毒素なり有害成分があって病気になるのであり、あの美しく食味の良いご飯が病気の原因となるとは考えづらかった。
しかし留学先ベルリン大学留学から帰国した鈴木梅太郎は、ニワトリとハトを白米で飼育すると脚気同様の症状が出て死ぬことをエイクマンの実験の追試から確認し、白米が精米の過程で「失われるもの」 に原因物質をもとめ、糠と麦と玄米には脚気の症状を予防し治癒する成分があると考えた。そしてその要素をつきとめ、1910年(明治43年)東京化学会で「白米の食品としての価値並に動物の脚気様疾病に関する研究」のテーマで発表。その後、この成分を抽出してオリザニン(ビタミンB)と命名したのである。誰が脚気にならないか、という不在データの方に着目したからこそ更なる探求が生まれたのだ。これは史上最初のビタミンの発見のはずであったが、発表雑誌が主流でなかったこともあり、不運にもノーベル賞を逃した。
このように、データは「ある」ことだけでなく、「ない」ことによっても大きな発見の手がかりを生む。データを活用したいと考えるのであれば、ぜひ覚えておいていただきたい。
参考文献
『IoTとは何か 技術革新から社会革新へ』坂村健(KADOKAWA 2016年)
『馬を飛ばそう』ケヴィン・アシュトン 門脇弘典訳(日経BP社 2015年)
『歴史は病気でつくられる』リチャード・ゴードン 倉俣トーマス旭・小林武夫訳(時空出版 1997年)
『壊血病とビタミンCの歴史―「権威主義」と「思いこみ」の科学史』J.K.カーペンター 北村二郎・川上倫子訳(北海道大学出版会、1998年)
『脚気の歴史~日本人の創造性をめぐる闘い~』板倉聖宜(仮説社 2013年)