暮沢剛巳

暮沢剛巳

1980年代に南アフリカで撮影。アパルトヘイト最中の白人専用ビーチ。唯一の黒人として物売りの少年が写っている。

(写真:佐藤秀明

生命感のあふれる遊びがない。それが現代の空虚さだ

新たな価値を創造する手段として近年ではよくアート思考やデザイン思考が用いられている。一般的にアートとデザインは異なるものだと認識されているが、日本を代表する芸術家・岡本太郎は実は数々のデザインワークを手掛けてきた。岡本はデザインをどのように捉えていたのだろうか。岡本の思考を探ることで、デザインとは何かを今一度考えてみよう。

Updated by Takemi Kuresawa on February, 22, 2022, 0:08 am JST

合目的性から逸脱し、イマジネーションを生み出す

次に取り上げたいのが「坐る事を拒否する椅子」(1963)である。これは、赤、青、黄、緑などにカラフルに着彩された信楽焼のスツールで、座面には岡本らしいデザインのデフォルメされた目や口が象られ、タイトルの通り、人が腰かけるのを拒むようなたたずまいである。もっとも、この作品は座ることができる。岡本太郎美術館には自由に触れられるレプリカが設置されているので機会があればぜひ試してみてほしい。硬い上に座面が湾曲していて凹凸があるのでお世辞にも座り心地がいいとは言えないが、少なくとも「坐ることを拒否」されることはない。「坐ることを拒否する」といいつつ、ギリギリのところで坐るという本来の機能や目的を果たしているこの椅子は、岡本いうところのバッドデザインを具現化した作品と言えそうだ。そもそもこの椅子は岡本の生前にはマルティプルとしてある程度の数が生産されたので、現在でも各地で椅子として利用している人がいるだろうし、また岡本の没後に椅子本体が製造中止になった現在でも、海洋堂がライセンスを取得してソフビトイが生産・発売されている。実際に座れないまでも、そのカラフルなデザインを見て楽しむ人も多いだろう。

なぜこのような椅子を制作したのか、当の岡本は以下のように述べている。

生活のなかに生命感のあふれる遊びがない。それが現代の空虚さだ。私は素朴な合理主義や機能主義をのり超えて、いちだんと激しい生活感、イマジネーションをうち出したかったのだ。そこで、椅子でありながら、精神的にも、肉体的にも、人間と「対等づら」する、こいつらを作った。生活の中の創造的な笑いである(『原色の呪文 現代の芸術精神』講談社文芸文庫 2016年)。

繰り返すが、椅子は本来人が座るという目的のために存在する。であればこそ、椅子はその目的に即した形態へとデザインされる必要がある。少なくとも、そう考えるのが常識というものだ。だが岡本はそうしたデザインを「生命感のあふれる遊び」がないものとして否定し、敢えて合目的性から逸脱した形態を生み出すことによって激しい生活感、イマジネーションを生み出そうとした。この「強烈な表現」を志向する岡本のデザイン観に「芸術は爆発だ」というセリフの残響を聞き取ることは決して難しくはないのではないか。

多くの著作を遺した岡本だが、デザインに関する言及は非常に少ない。岡本の関心はあくまでも「前衛芸術」にあり、「シャレていて、機能的」なモダンデザインにはほとんど興味がなかったためだろう。だが岡本が決してデザインを無視していたわけではないことは、以下のチャートによって確かめることができる。

印象派からモダンアートへ
左は1936年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催された「キュビスムと抽象芸術」展の
図録に掲載されたアルフレッド・バー・Jr作成の美術史チャート、
右はそれを岡本太郎が独自に翻案したものである(『岡本太郎の宇宙Ⅰ 対極と爆発』(ちくま学芸文庫 2011年)所収)。

「印象派よりモダンアート」へと題されたこのチャートは、1936年にニューヨーク近代美術館で開催された「キュビスムと抽象芸術」展のカタログに掲載されたものを岡本が独自に翻案したもので、オリジナルからは一部省略が見られるものの、多くの美術の動向に交じって、「バオハウス」(バウハウス)や「近代建築」といったデザインの動向(しかもどちらも、岡本の嫌っていた典型的なモダンデザインではないか)が然るべき位置づけを与えられていることがわかる。

「芸術は爆発だ!」が典型的だが、岡本は「美術」よりも「芸術」という言葉を好んだ。「美術」と「芸術」では、もちろん後者の方が対象範囲が広いわけだが、加えてここで強調しておくべきなのが、前者からは排除されているデザインが後者には含まれていることだろう。恐らくフランス語のartを念頭に「芸術」の問題を考えていたであろう岡本にとって、果たしてデザインとは何だったのかを、さらに考えていきたい。

参考文献
『戦後デザイン運動の原点』展カタログ(岡本太郎美術館 2021年)
『オリンピックと万博』暮沢剛巳(ちくま新書 2018年)
『夢の原子力』吉見俊哉(ちくま新書 2012年)
『原色の呪文 現代の芸術精神』岡本太郎(講談社文芸文庫 2016年)
『岡本太郎の宇宙Ⅰ 対極と爆発』岡本太郎 (ちくま学芸文庫 2011年)
宇宙人東京に現る
“Flow chart” diagram of art movements, from the jacket of the catalogue for the 1936 exhibition at The Museum of Modern Art, Cubism and Abstract Art.(Alfred H. Barr, Jr.)