暮沢剛巳

暮沢剛巳

ハワイのキラウエア火山。絶え間なく流れ落ちるマグマはやがて海へ至る。

(写真:佐藤秀明

対極的な相互の緊張関係において、
実はデザインは生きる

「デザイン思考」はすでに多くのビジネスシーンで取り入れられているためなじみがある人は少なくないだろう。しかし、多数のデザインワークを手掛けた岡本太郎のデザインに対する考え方は一般の人がイメージするそれとは随分異なる。大芸術家の思考を紐解くことで、デザインのさらなる可能性を探ってみよう。

Updated by Takemi Kuresawa on March, 1, 2022, 8:50 am JST

対極の論理でソリューションを提案する

随分と道草を食ってしまったが、ここまで書けば岡本太郎の発想とデザイン思考の接点ももはや明らかであろう。岡本は「正反対の性格を持つ2つの要素を対決、もしくは共存させること」を自らの思考の根幹に据えたが、それは絵画というメディアの限定を超え、あらゆるジャンルへと拡張していく性格を持っていた。その中には当然、デザインも含まれる。これはもともと絵画の制作理論であった「対極主義」をそのままデザインへとスライドしたといった安直な話ではない。繰り返すが、デザインとはクライアントの依頼に応じて様々な角度から検討した最適解を提案する造形活動であるが、岡本は多くの依頼に対して「対極」の論理に従った志向によってソリューションを提案したに違いないのである。

1つだけ例を挙げておこう。1970年の大阪万博に深く関与したことで知られる岡本だが、それと双璧を為す国家的行事であった1964年の東京オリンピックにもデザインを通じて関わっていたことはあまり知られていない。加えて岡本は、他に1972年の札幌オリンピックミュンヘンオリンピックのデザインにも関わっていたのである。

岡本とオリンピックの関係は多岐にわたるが、ここでは3つの大会で共通して関わったメダルのデザインに絞って考えてみよう。メダルといっても、岡本がデザインしたのは参加記念のメダルであったため、表彰式で授与される金銀銅の競技者メダルほどの制約は受けなかったようだ。

東京オリンピックのメダルは、月桂樹を加えて羽ばたく鳥の下で、4人の選手が躍動している姿が描かれている。このデザインは国立屋内総合競技場(代々木体育館)に設置されている陶板レリーフのアイデアを流用したものだという。ちなみに岡本がデザインしたのはメダルの表面だけで、裏面のデザインはグラフィックデザイナーの田中一光が担当した。田中のデザインはシンボルマークと大会名、開催地と年度が刻まれただけのシンプルなもので、岡本の呪術的なデザインとは対照的であり、そのコントラストも狙いの一部と思われる。

札幌オリンピックのメダルではフィギュアスケーターと思われる選手の舞う姿が、ミュンヘンオリンピックのメダルでは月桂樹を背後にゴールのテープを切る選手の姿が描かれている。いずれも岡本らしい躍動感あふれるデザインだ。
オリンピックについてあまり語ることのなかった岡本だが、彼自身は大のスポーツ好きであったため、4年に1度の大運動会であるオリンピックを楽しみにしている面は当然あっただろうし、逆にオリンピック精神に対してうわべを取り繕った胡散臭さを感じたり、万博同様にその国威発揚的な側面を嫌悪した面もあっただろう。これらのメダルのデザインも、そうした「対極」の発想から生まれてきたものに違いない。

デザインに関して語ることの少なかった岡本だが、実用性と芸術性、伝統と産業といった具合に、彼の「対極」はデザインをもその射程に収めていた。そこには、「正反対の性格を持つ2つの要素を対決、もしくは共存させること」によって優れたデザインを生み出そうとする岡本特有のデザイン思考が潜んでいたのではないだろうか。

参考文献
スタンフォード式デザイン思考』ジャスパー・ウ  著、見崎 大悟 監修(インプレス 2019年)
岡本太郎の宇宙 対極と爆発』岡本太郎 著、山下裕二 椹木野衣 平野暁臣 編(ちくま学芸文庫 2011年)
日本再発見――芸術風土記』岡本太郎 著(角川ソフィア文庫 2015年)