長坂俊成

長坂俊成

奇跡の一本松は三陸にて5月ごろ、夕方に撮影。松は後に枯れてしまった。

(写真:佐藤秀明

命をつなぐ、市民の声

東日本大震災の発生からまもないタイミングで、防災政策や災害情報論に詳しい長坂俊成氏は個人の携帯に記録されたデータを収集しはじめた。そしてその後は長きにわたり、被災者が語る個人の物語の収集に努めている。これが、次世代へつながる防災に役立つと信じて。11年にわたる長坂氏の取り組みの一部を紹介する。

Updated by Toshinari Nagasaka on March, 11, 2022, 8:50 am JST

初動が遅かった国の防災機関

東日本大震災発生時、私は職場のある茨城県つくば市から神奈川県藤沢市に向かう東海道線の車中にいた。当時は神奈川県藤沢市の災害対策課で、同市の災害対策の高度化を目指す共同研究の打ち合わせに向かおうとしていたのだ。車中で強い揺れを感じるとともに、電車は緊急停止。そのまま2時間ほど車中に閉じ込められ、その後は歩いて藤沢市役所へ向かった。打ち合わせは中止。同市の防災センター内に部屋をお借りして、インターネットが利用できたため研究チームのメンバーや関係府省と連絡を取りながら、被災状況の収集等に努めた。

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建物の屋上へ避難する人々。出典:東日本大震災文庫(宮城県) 提供者:第二管区海上保安本部

当時、私は独立行政法人防災科学技術研究所(現・国立研究開発法人防災科学技術研究所)に所属しており、地域の防災力を高めるリスクコミュニケーションの研究や、災害対応を効果的に展開するための情報共有システムの研究開発プロジェクトに従事していた。そこで被災直後から、開発中のプロトタイプシステムを利用して、被災地の情報支援のためのプラットフォームを構築し運用を開始した。主には、相互運用型の地理情報システムを活用した情報共有プラットフォーム「ALL311」を構築し、被災前後に撮影された衛星画像や航空写真、被災直後のプローブデータ(インターネット対応カーナビから収集された走行記録データ。被災直後の通行実績から道路の被害状況を推測)、住宅地図等を被災自治体と支援機関がリアルタイムに相互に共有し、多機関が協調・連携して効果的に災害対応を行う基盤を整備した。

しかし、同時に発災した福島の原発事故の影響もあり、初動期は国の防災関係機関の動きが緩慢であった。また、データの使用許可に時間を要するなど、国難級の大規模災害に直面したにも関わらず、平常時の手続きが優先され、迅速な災害対応に支障を来した。そこで、「ALL311」は、民間によるデータやクラウド、情報機器の無償提供や活動資金の寄付、プロボノ人材の派遣等が官のスロースタートを補完する新たな官民協働の取り組みとなった。例えば、岩手県陸前高田市や大槌町では、同プラットフォームを用いて罹災証明書を発行するSaaSを無償提供した。その詳細は『記憶と記録 311まるごとアーカイブス(叢書 震災と社会)』(岩波書店 2012年)に記載しているのでぜひ参照されたい。

被災からまもなく、携帯で撮られた画像や映像を集めはじめた

上記のALL311の支援活動と並行して、被災からまもないタイミングで被災地の映像の記録とその収集・保存を支援するプロジェクト「311まるごとアーカイブス」を立ち上げた。被害状況や災害対応の記録は、基本的には被災自治体の災害対策業務の一環として行われる。しかしながら、東日本大震災では行政庁舎が全壊し、多くの職員が死傷するなどにより、被災自治体は災害対応能力を喪失した。そこで、同プロジェクトは被災自治体に替わって被災地の被害の様相や災害対応の様子を映像で記録することや、被災者が自ら被害状況や避難行動を記録した映像を収集し、保存する活動を展開した。現在、集めた画像や動画のデータは各自治体に提供し、それぞれ災害デジタルアーカイブとして公開していただいている。

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行方不明者を捜索する巡視船くりこまの潜水士。出典:東日本大震災文庫(宮城県) 提供者:第二管区海上保安本部

当時、携帯電話の普及に伴い、被災者自ら内蔵カメラを用いて避難や被害の様相を写真や動画で撮影し記録していた。しかし、携帯電話のメモリー容量は少なく、バックアップ用のパソコンも津波で流されたため、長期にわたる避難所生活では携帯電話の映像が上書きされ、消去されるおそれが高まっていた。また、大手メディア等が被災地の映像を収集する際に、著作権がメディアに帰属するという権利処理がなされ、社会的な共有が困難となる事態に直面した。

アーカイブを社会で広く共有するために

被害状況や避難行動を記録した映像資料は、災害対策や災害対応を検証し、その教訓を後世に伝承するエビデンスとして重要な役割を果たす。そこで、311まるごとアーカイブスは、ボーンデジタル時代に災害の記録が消失することや特定の機関が映像を独占することを防止し、2次利用も含め社会で広く共有するため、独自のアーカイブを構築するアプローチではなく、被災自治体によるデジタルアーカイブを支援することをミッションとした。

行方不明者の捜索
巡視船くりこま潜水士による行方不明者の捜索。出典:東日本大震災文庫(宮城県) 提供者:第二管区海上保安本部

災害デジタルアーカイブのコンテンツは被害状況や避難行動、災害対応、避難生活、ボランティア活動、復旧・復興など様々な場面の記録から構成される。また、被害を分析し、被災前の地域の文化を再生するためには、被災前の状態がわかる映像も不可欠となる。静止画や動画のほか、体験談が記録された音声データや航空写真や地図、浸水実績図などの地理空間情報もデジタルアーカイブの対象となる。利用目的も多様であり、防災機関や研究者による防災対策の検討や自治体による災害の記録誌編纂、防災教育の教材、復興ツーリズムの広報資料、ドキュメンタリーの素材映像など様々である。

アーカイブは防災学習にも活用

被災地での利活用の一例を紹介する。岩手県大船渡市立越喜来小学校は津波で校舎が被災したため、同地区内の甫嶺小学校に暫定的に移転した。避難所や仮設住宅から通学するためには徒歩又はスクールバスを利用することとなったが、学校は津波の浸水エリアを通過せざるを得ない場所に立地していた。そこで、学校危機管理として、通学途上で地震が発生した場合に子供だけで高台まで避難する避難計画を策定する必要に迫られた。避難計画の策定は、子供の防災学習と一体的に取り組まれた。

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避難所となった小学校の体育館にて。出典:亘理町 提供者:亘理町立荒浜小学校

具体的には、被災後の航空写真の上に東日本大震災の津波浸水実績図を印刷し、子供たちが地図上に通学路や通学バスルート、バス停をプロットする。バス停に降りたときに大きな地震が発生したと想定し、そこから避難する高台(緊急避難場所)や高台までの避難経路の候補を地図上に記入する。その後、まちあるきを実施し、候補とした高台と避難経路の安全性を確認し、その結果を保護者会で発表する。
発表会には保護者に加え自治会の役員が参加し、子供たちが提案した避難先や避難ルートの安全性について検証し、代替ルートや避難路の整備について提案された。大船渡市は子供が提案した避難先の高台や避難路を教員と地域住民、行政が検証し、地域防災計画に位置付けられた。さらに、高台までの避難路に階段が整備された。
このように、生徒による能動的、探究的な防災学習過程に災害デジタルアーカイブが利用され、生徒、保護者、地域コミュニティ、学校、行政との間でリスクコミュニケーションを通じて、学校の危機管理と地域防災が高度化された。

また、子供たちが災害デジタルアーカイブのコンテンツを用いて、両親がどのような避難行動をとったか、消防団が高齢者等避難行動要支援者に対してどのような避難誘導を行ったかについてインタビューを行い、それを子供たちがビデオで記録し、防災教育の教材を作成することも行った。被災の当事者である子供たちが取材し、ナラティブをビデオで記録することで大人や専門家、メディアが作成した従来のものよりも一層、当事者の視点に近い教材ができあがるというわけだ。この記録は防災教育の教材として後輩に伝承された。
このように、災害デジタルアーカイブはコンテンツの2次利用が新たなコンテンツを生み出し、有効なリスクコミュニケーションを誘発することとなる。

残された石巻の美しい風景

石巻市の災害デジタルアーカイブを支援しているときに、津波に流されずに保存されていた16ミリの記録映像のフィルムが発見された。『大いなる故郷、石巻』という題名で、1970年代の地域の美しい風景や住民の合唱団がオーケストラの演奏に合わせて歌う姿が収められている。私はフィルムをデジタル化し、退色補正してパソコンやDVDプレーヤーで再生できる動画ファイルを作成し、データを石巻市に提供した。市は公開するためには権利処理が必要であると考えたため、私は権利処理をお手伝いすることとなった。

制作は実行委員会、石巻市は監修、制作会社は民間企業であった。制作会社は社名を変更していたが、制作の記録もフィルムも残っていなかった。同社は使用されている楽曲の著作権を市側で権利処理することを条件に著作権を主張しないとのことで、そのことを市に伝えたものの、いまだに市は公開へは踏み切れないようである。11年目を迎え、石巻市とも再度話し合い、市が公表しない場合は私が孤児作品として著作権法上の裁定制度を利用して公開できるか関係各位と相談したい。

個人の生をナラティブに共有するオーラルヒストリー

最近では「東日本大震災 復興の10年を振り返り未来を構想する」のオーラルヒストリーを集める活動にも従事している。東日本大震災から10年目を迎え、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科で、大学院の授業「オーラルヒストリーとデジタルアーカイブ」の授業と連携し、Webラジオアプリ(スマートフォンの音声アプリ)を用いて、被災当事者をはじめ被災地支援にかかわった方々のナラティブをラジオの番組として記録・配信し、アーカイブする取り組みに取り組んでいるのだ。

オーラルヒストリーは、聞き手と語り手の関係の中で語られる内容や語られた事実の評価も異なることがある。Webラジオの番組として語られるオーラルヒストリーは実証科学の厳密な方法論としてではなく、個人の生の一回性としてナラティブを共有することや、歴史的事実に新たな解釈や深い洞察を可能とするメタな視座を与える営みでもあり、ボーンデジタルの時代における音声による人類史のアーカイブとして位置付けられる。

新型コロナウィルスの感染症対策のため、対面による収録が困難な状況の中、ZOOMなど遠隔会議システムを用いたオーラルヒストリーの収録が行われた。東京在住の御厨貴客員教授が聞き手となり、陸前高田市の戸羽市長はじめ職員の方々にZOOMを利用し遠隔から復興の10年のオーラルヒストリーが収録された。

歴史を再構成する市井の人々の声

オーラルヒストリーは歴史学や政治学、政策研究、社会学等の研究手法として発展してきた。御厨貴客員教授は現代政治史の方法論としては「公人の専門家による万人のための口述記録」と定義し、文書資料に加え口述記録が重要な研究資料となることを示し、現在では、政治的意思決定や政策決定プロセスの分析手法の一つとして位置付けられている。清水唯一朗は、オーラルヒストリーを歴史学や政策研究の方法論として「ある個人にその体験を口述してもらい、これを記録、分析する一連の作業の総称」と定義し、御厨が対象を「公人」に限定した定義を拡張し、個人のナラティブから歴史を再構成するプロセスとして再定義している。なお、御厨も、その後エリートオーラル(公的地位にあり公的体験を有する政治家や官僚などを対象とする)に限定せず、庶民や名もなき市井の人々(ノンエリート)にもオーラルヒストリーの方法が適用できるとの見解を示した。

陸前高田市の戸羽市長によって語られたオーラルヒストリーは、防災対策や復興政策を評価し検証するという内容ではなかった。行政の首長として、一人の政治家としての矜持が語られている。災害直後は災害ユートピアと呼ばれる状態が生じ、住民には復旧に向けて一体感が醸成されていたが、時の経過にともない復興過程では住民の生活再建にも格差が生じ、政策に対する評価が分かれ、やがて不満が吹き出してくるようになった。第三者的な立場からは正当に見える施策や復興事業でも、一方の当事者にとっては他の事業を優先すべきとの批判につながりかねない。復興事業に対する国や専門家、報道機関によるエビデンスベースの評価も重要であるが、オーラルヒストリーは被災当事者によるナラティブベースの評価の素材となり、復興の解釈に見えざる文脈を与えることができる。

無意味な政治的な対立を緩和する、語りの力

一つ、例をあげよう。
復興の過程では多数の新しい建築物が建設された。津波で失われた必要な公共施設を再生する取り組みに加え、被災前には存在しないものも新たにつくられた。一部のメディアや住民はこれを「箱物」とステレオタイプに批判し、少子高齢化社会の中で維持管理コストなど後年度負担が財政負担となると指摘する。例えば、陸前高田市は復興過程の中でナイター施設を完備した野球場を再生した。野球場は住民や地域の子供たちにとって必要な社会体育施設である、戸羽市長は、積雪が少ない沿岸部の地の利を生かし、冬場は内陸の方々の利用ニーズも考慮し、交流人口を増やし、地域活性化につなげる投資であるとの戦略を語っている。施設が完成して終わりではなく、社会的な観光振興や周辺自治体との広域連携などの施策に継続的に取り組むことで、施設の維持管理費は持続可能な地域経営のための投資とするとのメッセージが読み取れる。

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避難所の炊き出しでわたあめを受け取る少年。出典:女川町 提供者:宮元伸成

選挙で地域が対立し分断される地方政治の中で、このように単純には測れない施策の効果をナラティブベースで検証するためにも、災害デジタルアーカイブのコンテンツとしてのオーラルヒストリーは重要な役割を果たすものと思われる。編集されたテキストではなく、より生に近い音声を共有し残しておくことで、映像や資料にナラティブな文脈を与え、無意味な政治的な対立を緩和し、コミュニティーの統合に貢献できると考えるからである。このような記録は将来世代にとっても重要な資産となることだろう。
(3月14日公開「無意味に思われる物語こそが、真実を紐解く」につづく)

本文で登場した書籍
『記憶と記録 311まるごとアーカイブス(叢書 震災と社会)』(岩波書店 2012年)

記事中の画像は東日本大震災アーカイブ宮城〜未来へ伝える記憶と記録〜のものを使用している。