野原佳代子

野原佳代子

ブリスターが変われば、コンタクトレンズユーザーの「見る」はもっと豊かな行為になるかもしれない

衛生用品はその特質上、多くのプラスチックを包装材として消費そして廃棄することがある。これは当然多くのゴミを生むが、プラスチックのリサイクル率は低い。人々の安全と環境問題はトレードオフの関係になりがちだが、これを本当に解決しようとしたとき、新たな価値が生まれるかもしれない。サイエンス&アートの実践の場からのリポートを紹介する。

Updated by Kayoko Nohara on May, 30, 2023, 5:00 am JST

罪悪感を感じながらもブリスターを捨てているコンタクトレンズユーザー

コンタクトレンズは高度管理医療機器であることから衛生面が重要視され、液体に入った状態でポリプロピレン製のブリスターと呼ばれる容器に収められ、アルミでフタをされて保存されるのがふつうである。使うたびにレンズそのものに加え、このブリスターがプラごみとして世に送り出されることになり、その環境に与える影響は小さくない。プラスチックは化学的・物理的に弾力性を持ち、何年にもわたり使用可能な素材であるが、それがマイクロプラスチック(マイクロビーズ、マイクロファイバー)となり環境に負荷をかけていることは、科学者、エンジニア、デザイナー、メーカー、消費者全てに関わる問題であり、よりよいソリューションが必要である。かくしてα社は新しいアプローチを模索し野原研究室との共同研究を提案、「プロジェクト・ビジョン2022(PV22)」が実現した。

コンタクトレンズを安全に保護するブリスター。使用後はゴミとして捨てられている。(著者提供)
「プロジェクト・ビジョン2022(PV22)」に参加した学生たち。(著者提供)

ブリスターケースは、リサイクル可能なポリプロピレン(PP)製ではあるが、廃棄物処理プロセスにおいてなかなか適切に分別・リサイクルされず、一般廃棄物に混ざって埋め立てられてしまうことが多い。レンズ自体は別の種類のプラスチック(シリコーンハイドロゲル)であり、重さは水泡の数分の1しかないため、環境への負荷は小さいように思われがちである。しかし米国での調査では、20%以上のユーザーがレンズを定期的にトイレに流しているらしく、これらのレンズはマイクロプラスチックとなって海を汚染し、海洋生物を危険にさらすことになる(Chen他 2022)。

この問題について世間の認知度は低く、レンズを正しくリサイクルしているユーザーは1%未満という調査結果が出ている。またコンタクトレンズ専門店が行った調査では、会員の約7割が、空のケースがリサイクル可能であることを知らなかったという結果もある(朝日新聞 2019年2月12日)。ここでユーザーの意識・行動調査結果の詳細を述べることは避けるが、若者の環境意識が意外に高いこと、ブリスターの排出について罪悪感を感じながらもリサイクル回収には乗せず捨てているユーザーが多いことなど、驚くようなデータにも出会っている。

人は、見たい。しかも、多くの人が眼鏡をかけずに見たい、という願いを持つ。その思いと価値は、プラごみ排出が生む環境問題とで天秤にかけられ、現実社会の中で揺らめいているのだが、それに気づく人は少ない。

「見る」という行為には、ブリスターをどうするかという選択行為も含まれる

研究室の学生たちは前期にまず自主的に調査を行い、コンタクトレンズとそのブリスターについて発見したことをチームで共有し、自らの考察を書きとめた。4月から5月にかけて行われた広範な文献調査では、グローバル規模で広がるプラスチック廃棄物問題が指摘された。

こうした科学的に把握できた実態をベースに、それをアートあるいはデザインに変換、翻訳するのが次のフェーズである。ここでの議論から浮かび上がってきたのは、「見る」という行為には、ブリスターをどうするかという選択行為も含まれるということである。

議論においては、捨てられるブリスターを減らすためには包装デザインが中心的な役割を持つことを強調する学生も、ブリスターを軽量化したり、バイオプラスチック製へ切り替えたりすることを主張する学生もいた。レンズを適切に廃棄するユーザーへのインセンティブや報酬の必要性が説かれることもあった。また一般の人々を感化するビジュアル・コミュニケーションの役割についても、先輩学生により指摘されている。

使い捨てコンタクトレンズから出るプラスチック廃棄物は、他の活動から出る廃棄物の量に比べれば、取るに足らないものとして見過ごされがちであるが、実際に排出されるブリスターの規模をビジュアル化することで何かが伝わるのではないか。関連データを視覚的に表現したインフォグラフィクスを用いることが、ひとつの解決策となるかもしれない。彼らがたどりついたそれらの解はプロジェクトビジョンの最終成果発表として作品化され、アートとして展示された。

プロジェクトビジョンの成果発表。(著者提供)