野原佳代子

野原佳代子

ブリスターが変われば、コンタクトレンズユーザーの「見る」はもっと豊かな行為になるかもしれない

衛生用品はその特質上、多くのプラスチックを包装材として消費そして廃棄することがある。これは当然多くのゴミを生むが、プラスチックのリサイクル率は低い。人々の安全と環境問題はトレードオフの関係になりがちだが、これを本当に解決しようとしたとき、新たな価値が生まれるかもしれない。サイエンス&アートの実践の場からのリポートを紹介する。

Updated by Kayoko Nohara on May, 30, 2023, 5:00 am JST

使い捨てコンタクトレンズから出る廃棄物への理解を深める

まず、データを可視化・物理化し、思考だけでなく身体的体験とする要素の強い作品から紹介しよう。「Contact Future 未来とつながる」(木内晶基, 古溝尚嘉, 三浦雄馬) 、これは視力矯正の歴史と未来の可能性をタイムラインに集約した作品であり、さらに来場者が自分の情報をインプットし、流れの一部であることをインタラクティブに実感できるよう工夫されている。

「Contact Future」(著者提供)
展示会では参加者に「Contact Future」を体験してもらった。(著者提供)

次に「The Wall of Nine Percent 9%の壁」(内野萌花, 手塚太地)である。このコリントゲームは、リサイクルのプロセスをたどるように設計されている。体験者は玉に見立てたブリスターを発射し、それをリサイクルしようと試みる。しかし、その成功率はプラスチックのリサイクル率である9%にとどまるだろう。このように、9%がいかに小さい数字であるかを身をもって体験できるような設計になっている。

「The Wall of Nine Percent 9%の壁」(著者提供)

 「Contact Lens as a Media メディアとしてのコンタクトレンズ」(石井諒太)は、数値的データより、プラスチック素材の特性を掘り下げ、現在と未来をつなごうとした作品だ。

「Contact Lens as a Media メディアとしてのコンタクトレンズ」(著者提供)
「Contact Lens as a Media メディアとしてのコンタクトレンズ」においてメッセージを残すための入力デバイス。(著者提供)

コンタクトレンズの素材はプラスチックである。軽くて丈夫で分解されにくい。いつかの将来世代に、コンタクトレンズに載せて、ひと言のメッセージを残してみよう。今を生きる我々が地層や発掘を通して過去の人間の活動を考えてきたように、我々の痕跡をプレゼントしてみよう。そのメッセージを受け取る将来世代はどんな暮らしをしているのだろうか。

さらに、技術の発展によって「見える」ようになったことを、それによって「見えなくなったものは何か」という発想に反転させたことから生まれた作品もある。「Flipping Poetry めくる詩」(木内晶基, 古溝尚嘉, 三浦雄馬)は、コンタクトレンズの消費速度に合わせて言葉を消費する詩である。

コンタクトレンズの蓋に印字された詩の文字を、毎朝2文字ずつめくる。本来であれば10秒、20秒で読めてしまう詩を、1週間、1カ月かけて読む。大切な人から送られてきた詩の言葉が、毎朝心の中で反芻されて、コンタクトレンズと共に体に少しずつ馴染んでいくのを感じるものだ。瞬時に見える喜びから、時間をかけて情報を得る重みへと思いを馳せる。

古くは活版印刷に始まり、今やパソコンやスマートフォンが発明され、我々は大量の情報を瞬時に消費することができるようになった。しかし、本のページやスマートフォンの画面を目元に近づけて見る行為が近視につながることもまた事実である。コンタクトレンズのような便利な視力矯正器具が、我々に視力を与える一方で、我々から見えなくしてしまったものはないだろうか。手元で瞬時に情報を消費することで必要になったコンタクトレンズから、ゆっくりと情報を消費することの喜びを思い出させる。

「Flipping Poetry めくる詩」(著者提供)

展示全体のコンセプトを示す作品として「Project Vision」(渡辺光章・山口 拓 PROTOTYPE Inc.(コンセプト:野原佳代子))がある。

「Project Vision」(著者提供)

モチーフに使ったブルーデイジーの花はフェリシアともいい、「恵まれた人」を意味する。見えることは、恵みだと思う。しかしコンタクトレンズを支えるブリスターの存在、プラスチックとその先を逃げずに見つめ問い続けるなら、私たちの「見る」は、もっと幸せな何かに育つはずだ。