福島真人

福島真人

(写真:Dmitry Chulov / shutterstock

研究の流行、追うべきか追わざるべきか

世界では多種多様な研究が進められているように見えるが、その内容には流行がある。流行はどのように生み出されているのか、流行に乗ることには利点があるのか、STS(科学技術社会学)の見地から紹介する。

Updated by Masato Fukushima on October, 27, 2023, 5:00 am JST

ある分野の分析が急激に進む利点があるが、未開拓地帯に迷い込むこともある

更に、科学の現場での流行現象をバイオ研究の例で論じたのが、STS研究者フジムラ(J.Fujimura)の「バンドワゴン」という議論である。バンドワゴンには複数の原因があるが、その一つは、どんな研究にも時間と労力の制限があり、基本的に一定期間内にそれなりの成果が挙げられることが求められるという点である。これを彼女はdoable(端的に訳せば、やれる、遂行できる)と呼ぶ。かつて天然物化学のラボを観察していた際、研究者たちは、生物が生産する有益な二次的代謝物に依存するこの分野は、その成果が不確実なため、「卒論には向いていない」と冗談を言っていた。これをフジムラ風に表現すると、undoable(やれない、遂行できない)ということになる。他方、彼女が調査していた初期ゲノム研究がなぜdoableなのかというと、成果を生むための遺伝子解析技術と、それを支える理論的な説明がセットで存在し、それにより比較的確実にある程度の成果が挙げられる状況があったからである。

こうした研究の集中には利点もある。多くの労力を一気に集約することで、その分野の分析が急激に進むのである。バイオ領域はその多様性のため、戦略的対象を複数想定しているが、それがモデル生物である。マウスやラット、ショウジョウバエや線虫、更に大腸菌からシロイズナズナにいたるまで、こうしたモデル生物が無限に多様な生物世界を探求するための道しるべとなり、それらへの選択的・集中的投資によって研究は加速度的に進むのである。

とはいえ、このやり方には陰の側面もある。前述したバイオ系の研究室では、天然物化学のスター的存在である放線菌、つまり結核の薬であるストレプトマイシンの生みの親の菌を使って遺伝子改変研究を行っていた。しかし、代表的なモデル生物の一つである大腸菌に比べ、この菌の同系統の研究ははるかに量が少なく、大腸菌なら比較的簡単にできる遺伝子導入のような作業ですら、なかなかうまくできないのである。しかも放線菌にも色々な亜種があるため、あるケースでうまくいっても、別のケースでは駄目ということも起きる。他の研究者が当時指摘したように、科学の現場には、非常に多くの未開拓地帯が点在しているのである。