江戸の「様式=哲学」
1980年代の東京は再開発ブームで、土地バブルの時代でもあった。その熱狂のなかで、今日でもしばしば参照される都市論、江戸=東京論の本が多く書かれた。当時はポストモダニズム思想が流行した時代でもあり、都市論や東京論の多くもポストモダンな視点で語られ、あるいは参照された(「東京は中心が空虚な都市である」としたロラン・バルトの『表徴の帝国』などが代表的)。そうしたなかで橋本治は、ポストモダン以前の「近代」が受け継ぐことのなかった近世、つまり江戸の「様式」を本書であらゆる角度から論じた。
ポストモダンとは、字義通りにとれば「近代の後」である。そして日本の近代とは、西洋に追いつき追い越すことを唯一の目標とした時代だった。1980年代に日本はそうした意味での「近代」を達成し、そして目標を見失った。近代は乗り越えられ、前近代とともに否定された。でも、そのあとにいったい何をしたらよいのか、当時の日本人は誰もわからなかった。こうした時代状況のもとで書かれたこの本の冒頭には、江戸歌舞伎の傑作『