村上陽一郎

村上陽一郎

ロシア軍に破壊されたキエフの住宅地でブランコに乗る子ども。

(写真:Drop of Light / shutterstock

夢想だにしなかったことが起きてしまった世界で

ロシアによるウクライナへの侵攻。21世紀に起きた驚くべき事態に、科学哲学者・村上陽一郎氏は今何を見るのか。

Updated by Yoichiro Murakami on March, 18, 2022, 8:50 am JST

あぶり出される各国の姿勢

これほど時代離れした出来事が、実際に起こるとは、ほとんど夢想だにしなかった、というのが正直なところです。一世紀前ならいざしらず、国際化、グローバル化などが、腐るほど唱えられるようになって久しいこの二十一世紀に、ある主権国家が、他の主権国家に、堂々と武力で侵略を始めたのだから、あっけにとられたとも言えます。正気の沙汰とも思えません。実際伝えられるところによると、アメリカのある高官は、プーチン氏の精神状態を疑っているという話です。

このロシアの行為をどう捉えるか、期せずしてそれが、反応する側の立場、姿勢、判断力を露わにするリトマス試験紙のような役割を果たしているように見えるのです。北朝鮮の某高官が、悪いのはアメリカの覇権主義だ、と断じたのは、まあ立場からすれば自然な発言でしょう。中国の政府の正式な反応は、実は未だにはっきりしません。さすがに全面的にロシアを支持する声明は行っていないようですが。一部の外交官が「弱いものが、強いものに喧嘩を売るな」という意味の発言をしたといいます。これは、ロシア=強者、ウクライナ=弱者の区別に立った上で、NATOやEUへのウクライナの加盟要請が、ロシアに喧嘩を売ったことになるのだ、だからこうした事態を招いたのだと、暗にロシアを弁護しての発言なのでしょうが、王外相は、中国は弱い者いじめはしない、と発言したとも伝えられます。果たしてこの言、台湾問題でもそうか、と強い疑念が生まれます。

個人や党の主張も浮かび上がる

国内では、珍しく、保守派・進歩派挙ってロシア批判に多くの声が集まっていますが、それでも、色々と面白いことも起こっているのです。例えば、あの鳩山由紀夫氏。いかなる戦争にも反対だと言いながら、ロシアの行動の原因は、もっぱらウクライナ政府の「ナチス」的な振舞いにある、とおっしゃったそうな。ナチスと言うなら、ロシアの今回の行動は、ナチス・ドイツがポーランドに電撃侵攻を開始した時と酷似してはいませんか。もっとも結果は大分違ったようですが。この人の判断と行動は、ある医師の(診察をしたわけではないが、公表されている限りでの言動や表情に基づく)診立てによれば、精神に異常があるのでは、なのだそうで(里見清一氏の著作参照)、かつてアメリカの新聞は、鳩山氏のことを<loopy>と称したことを思い出します。辞書がこの原語に与えている訳語を列挙してみましょうか。曰く「頭のおかしい」、「変わった」、「いかれた」、「酔っぱらった」、「ばかな」、「ずるい」。いやはや、一国の総理(当時)に対する形容詞としては、まことに非礼には違いありませんが、そう表現せざるを得ない事情もあったと言えましょう。この方は、精神の異常はともかく、いつも、自分はそこいらの有象無象とは一味違うんだぞ、と自己開示をなさりたい方であることは確かなようです。

「平和と民主主義を守る」日本共産党の志位委員長は、「ロシアの介入は侵略であり、中止を求める」という党としての正式な態度を表明しておられます。そうでしょうね、所謂六全協で、それまでの武装闘争による暴力革命路線を放棄し、生まれ変わったとされる現在の党の立場からすれば、間違ってもかつてのような「親露」(親ソ)的な姿勢(無論かつても党は、ヘゲモニー争いもあって、親ソ一点張りではなかったことは承知していますが)は打ち出せないはずですね。その上、共産主義政権と言われる各国の有様を見る限り、極めて多くの実例が、非民主的で理不尽な行動を示してきて、それが結局は東欧圏の崩壊も含めて、現代の情勢を造り出していることを考えれば、自ら「民主的」を標榜する日本の現在の党の立場を、鮮明にしておきたい、と考えざるを得ない事情はよく判ります。