村上陽一郎

村上陽一郎

ロシア軍に破壊されたキエフの住宅地でブランコに乗る子ども。

(写真:Drop of Light / shutterstock

夢想だにしなかったことが起きてしまった世界で

ロシアによるウクライナへの侵攻。21世紀に起きた驚くべき事態に、科学哲学者・村上陽一郎氏は今何を見るのか。

Updated by Yoichiro Murakami on March, 18, 2022, 8:50 am JST

あり得ないはずのことが起きてしまった世界で

ただ、もう一つ、今度の戦争で恐ろしいことがあります。それは核の抑止力が逆に働いていることです。ロシアは、核の使用も辞さない、というような恫喝の姿勢を見せたと伝えられますが、まさか、本気ではないでしょう。現在の核兵器は、広島・長崎のそれよりも遥かに強力なものも多数ある一方で、より限定的な核戦力も開発されていますから、そうした限定的核戦争の可能性もないわけではないでしょうが、とにかく核の使用へのタブー感は、今日の国際社会の中で共有されてきたはずですし、それが、第三次世界大戦への抑止力として働いてきたことも認めなければならないかもしれません。

しかし、今回のロシアのウクライナ侵攻は、一国が武力で他国へあからさまに侵略を試みても、国際社会は、核を使ってまで、それを咎めることはあり得ない、つまり侵略国が致命的な武力による国際制裁を加えられることはあり得ない、ということを立証してしまったことになります。経済制裁は、何とか凌げるが、国際社会を敵に回して、核まで含む武力制裁を加えられるのは、国家として存立不能になる。この思惑は今後必要がない、となったとき、誰もが最も心配するのが、中国が台湾に侵攻する可能性が、極めて大きくなったという点でしょう。先の王外相の言葉、「中国は弱い者いじめはしない」が守られるかどうか。