饗庭伸

饗庭伸

カナダの世界遺産・ケベックシティの夜景。2010年ごろ撮影。

(写真:佐藤秀明

未来都市は「分け合う」ことで実現できる

DX化された未来を思い浮かべるとき「スマートシティ」を連想する人は少なくないだろう。しかし都市計画の専門家である饗庭伸氏は、「日本において全く新しい未来都市が誕生する」と考えるのは誤っているという。では、どうすればスマートシティは実現できるのか。饗庭氏のユニークなアイディアを紹介する。

Updated by Shin Aiba on March, 23, 2022, 8:50 am JST

新しい未来都市ができるという誤解

「スマートシティ」とは、都市に次々と押し寄せる課題を、情報技術を使って、今までよりも素早く解決できる都市のことである。災害からの避難、格差の解消、貧困に陥った人の住まいの確保、健康の増進、高齢者の自宅での暮らし、交通の渋滞……など、様々な課題を素早く解決できる都市のことである。都市はそもそも課題を解決する手段の集合体としてつくられてきたが、そこで発達した空間に関する工学と交通に関する工学に、情報工学を加えて、空間と交通だけで十分に解決できなかった課題を解決できるような都市にしよう、という考えがスマートシティである。

何度もあちこちのメディアでそのイメージが語られているので、ここでは繰り返さない。しかし「スマートシティ」という言葉がやや誤ったイメージを伝えてしまうことがある。それは、「どうやらスマートシティという新しい未来都市ができるらしい」という誤解である。例えば中国の雄安新区、Googleが建設を諦めたカナダトロントのGoogle city、あるいはトヨタが開発するウーブン・シティなど、最新の技術だけでつくられたスマートシティはニュースにもなりやすいし、そこで喧伝されるイメージには、夢をかき立てる力がある。もちろん、最新の技術をつくし、最新の都市をつくることは可能であるが、問題はそれはもはや私たちの都市のごく一部でしか実現できない、ということである。もし今の日本の人口が3000万人くらいで、これから1億人が増えるという状況なのであれば、まっさらの土地に広大なスマートシティを力をあわせて作ってもよいだろう。しかし、私たちはすでに1億3000万人が不自由なく暮らせる都市を手に入れている。「新しい未来都市」をつくる余地はほとんど無いのである。

スマートシティを実現する方法はないのか

しかし、社会の課題は待ったなしで次々と押し寄せる。では、スマートシティを「新しい未来都市」でなく、あちこちでバラバラに、散在的に発生する開発と縮小の機会をつかって実現するにはどうすればよいかを考えていこう。

「新しい未来都市」が、1000の建物で構成されているとしよう。それぞれの建物には1000の最新技術が埋め込まれているため、そこで暮らす人はどこにいても最新技術を使って課題を解決することができる。一方で、私たちの都市にすでにある1000の建物は様々な古さの建物で構成されている。築40年程度で古くなった建物が順番に建て替えられるとすると、1000棟/40年=25棟の建物が毎年建て替えられることになる。毎年2.5%の建物が建て替えられ、全てが建て替わるまで40年かかるということだ。最新技術は新しい建物にしか入らないので、25の最新技術しか都市に埋め込まれず、全ての建物に最新技術が行き渡るには40年かかり、その間に最新技術はとっくに古びてしまう。これでは、いつまでたってもスマートシティになることができない。

大阪駅の北口
大阪駅の北口にて。再開発で新しいビルが作られる中、まだ暗い場所もある。

では少し発想を変えてみよう。25棟に入る最新技術が、その周辺の7棟の建物をサポートする、というルールにすればどうなるだろうか。たとえば電車の中でスマートフォンのスイッチを入れると、同じ電車の中にいる人たちが使っているWI-FIのシグナルをたくさん検出することができる。それぞれは知らない人に使われないようにセキュリティコードで厳重に保護されているのだが、それを7人に限って使えるルールにしてみよう、というイメージである。そうなると、電車の中のネットワークの数は1/8に絞られ、合計でみると、全員がWI-FIを使うよりも少ないエネルギーで全員がネットワークに接続することができる。

電車の中でたまたま乗り合わせた人たちの間には関係が全くないので、そんなことは怖くてできないだろう。しかし建物が隣り合っている人たちの間では、なんらかの関係をつくることができる。そしてその関係を基礎として、一つの新しい建物に最新技術が入る時に、それを周辺の7棟も使えるようにする、というルールを適用していく。例えば独居の高齢者の見守りをするシステムを一つの建物に入れ、そのシステムで周辺の建物で暮らす高齢者の見守りもついでに行うようにする、ということである。毎年25棟の建物に最新技術が入るので、周辺の7棟を入れると200棟の建物が最新技術を使えるようになる。それを繰り返していけば、5年で全ての建物が新しい技術を手に入れることができる計算になる。5年で完璧な高齢者の見守りシステムが構築されるということだ。そして5年経つとさらに新しい技術が開発されるので、6年目の25棟はさらに新しい技術を入れていけば、その都市には常に最新の技術がアップデートされた状態になる。