長坂俊成

長坂俊成

宮城県石巻市の間垣地区。北上川の河口近くに位置しており、震災前は住宅が建ち並んでいた。

(写真:佐藤秀明

無意味に思われる物語こそが、真実を紐解く

前回、長坂俊成氏は、オーラルヒストリーが防災対策や復興政策につながっていく例を示した。しかしながら、オーラルヒストリーの収集にはたくさんの障壁がある。ここでは音声アーカイブの収集・保存の現状を紹介するとともに、その生かし方を著してもらった。また、防災や被災後の暮らしを考えるうえで考えなければならない現実的な問題へのアプローチも具体的な例を用いて展開する。

Updated by Toshinari Nagasaka on March, 14, 2022, 8:50 am JST

フォークソノミーなタグ付けが意味をつくる

語られた音声データをアーカイブし共有するためには、利用者が検索するための手がかりとなるメタデータを付与する必要がある。技術的には音声データからテキストデータを生成することが可能となり、テキスト化すれば全文検索にも適用できる。メタデータは従来、データの作成者が付与することとなり、録音をした日時、場所、語り手の年齢、性別、職業などの属性データに加え、内容に関する分類などのキーワードなどが付与される。

オーラルヒストリーの場合、語り手や聞き手がシソーラスなどに基づきキーワードを付与することはまれである。アーカイブを管理するアーキビストが付与するタクソノミーではコンテンツの意味づけが不十分な場合があり、それを補完するため、アーカイブの利用者が利用の意図などに関するキーワードを付与する参加型のタグ付け、つまりフォークソノミーのアプローチがナラティブをシェアするための検索サービスとしては有効と考えられる。ブログにあるタグ付け機能をアーカイブシステムに持たせるなどの工夫が考えられる。また、アーカイブされたコンテンツがどのコンテンツと関連があるかをたどれるリンクを貼ることや、さらには、2次利用されたコンテンツに引用情報をリンクするなど、Webの環境では従来のアーカイブとは異なるコンテンツの意味づけとシェアが可能となる。

無意味に思われる物語にこそ、真実を紐解く鍵がある

近年、DXやAI、データサイエンスが謳われているが、ひとりひとりの思いを傾聴し、対話を通じて物事の本質を深く洞察する人間本来のありようを忘れてはならない。
東日本大震災で被災した民生委員のオーラルヒストリーがある。釜石の奇跡が称賛されるその一方で、津波の避難場所ではない鵜住居防災センターに避難し、多くの犠牲者を出したのも釜石であった。

この民生委員の女性は、鵜住居防災センターに避難しようとする住民を高台へと誘導して、多くの命を救っている。彼女を信じてついていった人は、なぜ彼女を信じたのであろうか。私はその理由をオーラルヒストリーの中で感じとることができた。しかし、彼女が語った内容のほとんどは、民生委員になる前の話と民生委員になってからの平時のくらしの話であった。職場のこと、結婚し障害のある子どもを授かったこと、シングルマザーで苦労をしたこと、そのような環境で彼女自身が民生委員の支援を受ける立場であったことなどが語られている。その恩を社会へ返そうと民生委員を引き受けた。支援を受けた当事者の経験や思いを大切にし、民生委員として地域と関わった様子が語られた。

津波来襲
津波に飲まれた町。出典:東日本大震災文庫(宮城県) 提供者:第二管区海上保安本部

避難行動を検証する防災研究者にとって、彼女の語りはエビデンスとしては無意味であり、無視されるであろう。しかし、なぜ彼女を信頼し、彼女の誘導に従ったかの答えは、彼女のライフヒストリーと被災前のくらしのナラティブの中に見出すことができる。また、この語りを大学院の授業の教材として学生に課題を与えた。課題は「民生委員のオーラルヒストリーを高校生のキャリア教育の副読本とする場合、教材のタイトルと概要(アブストラクト)を作成せよ」というものであった。パラレルキャリア、セカンドキャリア、社会貢献など巷に表層的な言説が飛び交う中に、このようなオーラルヒストリーから職業ではない地域社会における利他的な在り方やかかわりについて、共に考える貴重な機会を持つことができた。

来る南海トラフ地震での弔いを考えるために

東日本大震災では、遺体の取り扱いの問題に直面した。特に、宮城県では火葬能力を超えたため、仮埋葬(土葬)が行われた。さらに、本来ならば2年程度の時間を経て改葬すべきところ、2カ月から8カ月後に腐乱した遺体を掘り起こし衛生的に問題のある事態となった。

土葬や改葬に関わった葬儀事業者の言説が出版され、関わった行政職員の語りが記録誌などに掲載されているほか、メディアが遺族の語りを取材し報道している。現存するエビデンスからは、津波で流され、冷たい海水で溺死した上に冷たい土の中に埋葬することは供養にならないとか、土蔵は腐乱し穢れとして受け入れ難いといった遺族の心情や宗教観が見出だされた。一刻も早く土の中から出してあげたい、火葬してあげたいという遺族の心情が早期の改葬の原因とも考えられる。また、身元不明のご遺体を自治体が職権で仮埋葬にしたことから、身元が判明した後に遺族が遺体に対面しお別れしたいとの思いが改葬を急がせたとも考えられるが、改葬を急がせた真の理由はわからないまま11年が過ぎようとしている。

国や自治体は東日本大震災の教訓として、全国の自治体が相互協力する広域火葬を前提として、仮埋葬や本葬としての土葬を回避する対策が講じられている。しかしながら、南海トラフ地震が夏場に発生した場合や、火葬施設の被害、燃料不足、遺族の火葬場への同行など広域火葬で対応できない事態が想定されることから、仮埋葬や本葬としての土葬という選択肢を検討する必要がある。

そのためには、東日本大震災で改葬を迫った遺族の当時の思いと、11年後の仮埋葬に対する認識をオーラルヒストリーとして共有すべきであろう。また、仮埋葬と改葬に関わった宗教者の方々は、遺族に対して当時どのような助言が行われたのか否か、宗教者のナラティブも踏まえ、災害時における葬送の在り方を社会全体で考え、防災対策に反映させる必要がある。