長坂俊成

長坂俊成

宮城県石巻市の間垣地区。北上川の河口近くに位置しており、震災前は住宅が建ち並んでいた。

(写真:佐藤秀明

無意味に思われる物語こそが、真実を紐解く

前回、長坂俊成氏は、オーラルヒストリーが防災対策や復興政策につながっていく例を示した。しかしながら、オーラルヒストリーの収集にはたくさんの障壁がある。ここでは音声アーカイブの収集・保存の現状を紹介するとともに、その生かし方を著してもらった。また、防災や被災後の暮らしを考えるうえで考えなければならない現実的な問題へのアプローチも具体的な例を用いて展開する。

Updated by Toshinari Nagasaka on March, 14, 2022, 8:50 am JST

住居に関する課題にアプローチする、モバイル建築

被災体験というオーラルヒストリーは防災対策や災害対策に活かすことができる一方で、その限界を感じることがある。例えば、被災した方が暮らす応急仮設住宅をどのように改善すべきかについては、入居者の声で改善できることはあるが、新たな供給スキームをデザインすることや、変革への示唆は見いだせない。東日本大震災では、様々なタイプの応急仮設住宅が利用された。また、内陸の民間の賃貸住宅を行政が借り上げて被災者に供与した。その中で、プレハブ方式の建設型の仮設住宅は本来恒久仕様の住宅ではないため、断熱性や気密性、遮音性を確保することが困難であり、入居者の健康リスクやストレスを高めることとなった。プレハブ型仮設住宅は被災後に被災地で職人が施工するため、供給に時間を要し、劣悪な避難所生活の長期化を余儀なくした。

仮設住宅の建設状況
仮設住宅を建設しているところ。出典:東日本大震災文庫(宮城県) 提供者:気仙沼市立大谷小学校

このような課題は、被災し仮設住宅に入居した被災住民のオーラルヒストリーでも語られることもあり、行政や研究者の調査結果でも同様の課題が指摘されている。その結果はプレハブ型仮設住宅の改善に反映されているが、そもそもプレハブは仮設として設計されており現地施工となるため、住環境の抜本的な改善や迅速な供給には限界がある。また、現行制度の応急救護の趣旨を「最低限」と誤って解釈し運用される傾向があるため、新たな選択肢の採用が阻害される。そこで私は、モバイル建築を利用した新たな仮設住宅の選択肢として、移設可能な恒久仕様の住宅の利用を提案している。

モバイル建築を応急住宅として早期に供給するためには「社会的備蓄」と「発災後に被災地外で新規に分散製造」する2つのアプローチがある。社会的備蓄とは、モバイル建築を平時はグランピングやワーケーション、滞在型テレワークセンター、コワーキングスペース、移住体験住宅など住機能を有する非住宅施設として利用しつつ災害時に利用を中断し、被災地に移設し応急仮設住宅として提供することをいう。

なお、モバイル建築の普及のためには、社会的備蓄以外に、空き家対策、コンパクトシティー、移住促進、多地域居住、ライフステージに応じた住み替えなど新たな社会的なニーズにも対応し、新たな市場を形成することが求められる。社会的備蓄の量を増やすためには、公民協働の取り組みが不可欠となる。具体的には、企業版ふるさと納税制度等を利用し、社会的備蓄に協力いただける自治体にモバイル建築を現物寄付し、国難級の災害時に相互に貸し出す自治体間の相互支援ネットワークづくりを推進している。

現状を変革する想像力の重要性

このように、オーラルヒストリーの持つナラティブの豊かさと限界を踏まえ、その限界を超えるためには、エビデンスを大切にしつつも、ナラティブに共感し、既成概念にこだわらず現状を変革する想像力が不可欠と考える。

モバイル建築を活用した応急住宅の社会的備蓄としては、ホテルなど宿泊施設として利用し、災害時には被災地に貸し出す方法がある。災害時にホテルの営業を休止し、被災地に貸し出すことによる経営リスクを軽減するためには、セルフチェックインなどの仕組みを導入し、省力化・無人化を支える情報システムが不可欠となる。
しかしそうした宿泊事業者の新たな業態転換を阻んでいるものがある。それはOTAという業態である。現行のOTAは、宿泊事業者が有人運営であることを前提として情報システムをデザインしている。具体的には、APIを介して予約者情報を宿泊事業者に提供する仕組みとなっていないことや、OTAが利用者の囲い込みのため、個人情報保護を理由として予約客のメールアドレスを宿泊事業者に提供しないなどにより、宿泊事業者のDXを阻害している。そこで、私が代表を務める日本モバイル建築協会では応急住宅の社会的備蓄に協力いただける宿泊事業者や自治体等のDXを支援するため、予約の受付から部屋割り、在庫管理、セルフチェックイン、電子ロックの暗証キー管理などの業務をワンストップでオペレーションできるSaaSの開発に着手した。

立ちはだかる権利問題とアーカイブ文化醸成のために

災害に関わらず、映像のデジタルアーカイブには権利処理の課題が付きまとう。著作権、疑似著作権としての所有権、肖像権、パブリシティー権などの課題がある。特に災害時に市民が自治体等に寄贈した映像は、受領した時点で権利処理がなされていないものが多い。また、被災前の映像も時の経過にともない権利者の特定が困難で孤児作品となり、公開できないダークアーカイブとなることが多い。一方、肖像権は著作権と異なり直接規定する法律がないため、プライバシーの保護の視点から撮影や公表の違法性が問われることとなる。

また、防犯や被災者感情、死者の尊厳、遺族の心情など、肖像権に隣接する様々な配慮事項も、アーカイブの公開にネガティブな影響を与える。例えば、避難所の入口付近で被災者が立ち話をしているシーンの写真がある。公道上から撮影されたものであるが、よく見ると笑顔であることがわかる。この写真に対して「この写真が公開されると笑顔で歓談している不謹慎な者として周囲から非難される可能性がある」との配慮から非公開とされたケースがある。

負傷者の救助
負傷者を病院へ搬送する海上保安官。出典:東日本大震災文庫(宮城県) 提供者:第二管区海上保安本部

デジタルアーカイブ学会で肖像権処理のガイドラインを作成することとなり、私も参加することとなった。中心となったのが弁護士の方々であったため、裁判で勝てないガイドラインは意味がないとの発想で、既往の裁判法理をベースに検討が進められた。最終的に公表されたガイドラインを用いて公開・非公開を判断した結果、社会で共有すべきと判断されるものが非公開となることが多く、結果の妥当性については納得できるものではなかった。特に、自治体が運営する災害デジタルアーカイブでは、オプトアウトの手続きやその際の補償などの仕組みを整備し、ダークアーカイブとならない運用が求められる。仮に自治体が裁判に負けたとしても、住民が災害デジタルアーカイブの意義を理解していれば、リーガルリスクを社会が受容するというアーカイブ文化が醸成されるものと考える。

記事中の画像は東日本大震災アーカイブ宮城〜未来へ伝える記憶と記録〜のものを使用している。